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リナは、ポーチの中からシミのついたハンカチを取り出した。あの時のハンカチは、今でも剃刀と一緒に持ち歩いている。洗っても茶色いシミが残ってしまったハンカチは、あの日以来使っていない。
伸びをしながら、ベッドの上に仰向けに寝転がった。見慣れた自分の部屋の天井。一番日当たりが良くて一番大きな部屋を、と与えられたリナの部屋は、確かに日当たりも良くて広かった。その分、孤独感が増す。家が広ければ広いほど、一人だという事実が浮きあがる。誰もいない家に入った瞬間の、暗くて冷たい空気。リナはこの家があまり好きではなかった。ため息をついて、そばにあったぬいぐるみを何となく触る。遊園地で取ったアルパカのぬいぐるみは、触り心地がとても良かった。
さみしさは増す。切れば切るほど。いつまでたっても埋まらないその穴は、いつからか当たり前のように自分の中にあった。当たり前のように心の中にあるくせにその存在感は強烈で、毎日毎日叫ぶように啼く。さみしい。さみしい。埋めたい。
ブブブブブブブ…。ベッドサイドに置いていた携帯が震えた。
ディスプレイに表示された名前を確認してから、通話ボタンを押す。自分から声は出さない。出したくなかった。
「…あいてる?」
若い男の声で、一言。
「うん」
スケジュールも、心の中も。スカスカだよなあ、と思わず笑った。
「何笑ってんだよ。気持ち悪い」
「別に」
「今夜」
それだけ言い残すと、相手は電話を切った。場所も時間も言わない。言わなくても分かるから。通話時間13秒と表示されたディスプレイを、リナは無言で見つめた。
身体を切ることも、『これ』も。私はまだ続けている。いつまで続ける気なんだろう。
「…埋まるまで」
声に出してみてから、嗤った。ハンカチをポーチにしまって、代わりに剃刀を取り出し、キャップを外す。刃を腕に押し当てて、それからもう一度嗤った。
こんな方法では埋まらないなんて、とっくの昔に知ってる癖に。