はじまりとおわり
メンタルヘルス系の小説が苦手な方はご注意ください。
「殺して」
震える小さな声で、だが確実にそう言った。
「…姉さん」
少年は無表情で、殺してと訴えた女を見つめる。無表情ではあるものの、その眼にはかすかに悲しみが宿っていた。
カーテンの隙間からわずかに夕日が差しているこの薄暗い部屋は、もうどれくらい窓を開けていないだろうか。外から入ってくる風を、人の声を、彼女はひどく怖がった。部屋の中のこもった空気を入れ替えることは自分にはできないのだと、ずいぶん前から少年は理解していた。
ゆっくりと、まるで足音を立てるのを恐れているような足取りで、ベッドの上の彼女のもとへと歩みよる。やせ細った彼女の身体を、それでも綺麗な彼女の顔を、この目に焼き付けるために。彼女は少年の方を見て、ほほ笑んだ。
「ハル、綺麗。好き」
「…姉さんの方が綺麗だよ」
少年の言葉を聞いて、姉さんと呼ばれた女はひどく沈んだ顔をした。少年の本心は、そして想いは、彼女には届かなかった。
『それ』が何を意味するか、少年はきちんと理解していた。『それ』をすることで彼女がどうなるか、自分がどうなるかも。そして、今ならまだ引き返せるということも、間に合うということも。
「殺して」
再び繰り返した彼女の声はひどく小さく、かすれていた。
「もういい、喋らないで」
ベッドの上に横たわる彼女を、少年は強く抱きしめた。少年の首に、枯れ枝のように細い女の腕が絡まる。少年は、左腕に力を入れた。
鈍い音。生ぬるい触感。彼女がわずかにうめく声。少年の首に蛇のように巻きついていた腕に一瞬だけ力が入り、直後ふっと抜けた。
「好き」
うめくようなその声は、どちらが発したものかは分からない。
鋭く光る凶器。滴り落ちる赤い血。そして透明の、