表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ワールドバックグラウンド-World Back Ground-

作者: 水無麻那

 風が横を駆けていく。彼等は自由をうたっていた。とても心地よく空気が自分をよけるように後方にむかっていくのが分かる。そう、彼は自由だった。彼は今、自由の空を羽ばたいていたのだ。どんどん、風をきって飛んでいく。何の束縛もなくただ彼は彼の望んだことをやっていた。彼の心は今や喜びしかなかった。何にも勝る歓喜、ただそれが心を駆け巡っていく。もう、彼をいじめるものは誰ひとりとしていない。なぜなら彼は飛んでいるのだから。そう、飛んでいるのだ。飛んで・・・。

 その時、彼はなぜか恐怖を覚えた。それは今までずっと目の前にあったはずだ。けれども彼は、その時にやっと気がついたでも言うようにさっきまでの歓喜が消えさり恐怖に取って代わったのだ。彼が見たのは一面に広がるアスファルトだった。唯それだけが続いている。そう、彼はその時やっと気がついた。自分は「飛んでいる」のではなく「落ちている」のだと。ただそれだけだった。ただ・・・。

 その少年は突然、自分をかきむしりだした。いや、正確には彼は空気をかきむしっているつもりだった。もちろんそんなことでスピードは緩まずむしろその少年が落ちていくスピードは速まったような気がした。ただ彼は、叫び、唸り、泣き、そして空をまるで蹴るか殴るかするようにじたばたと暴れる。その少年の心には恐怖しかなかった。だが、その少年はそれが何に対しての恐怖かを知らない。彼はそれを知ろうともしなかった。なぜならその少年はそんな余裕がなかったからだ。ただ彼は、それがどんな理由かなどはどうでもよかったのだ。この恐怖が自分から取り除かれるなら、それで彼は良かったのだ。だが、目の前のそれはもうずっと近くなっていた。もうすぐそこにその少年の体がぶち当たるだろう。ただ、彼は叫んだ。喚いた。だが、何にもならなかった。彼の体はそのアスファルトにぶち当たるように・・・。


 風が心地いい。そう少年は思って目を開けた。そこは、その少年が飛び降りたはずの場所だ。いや、確かに飛び降りた場所なのだ。だが少年は生きていた。いや、もしかしたら飛び降りたんじゃないのかもしれない。その少年はそう思った。そう、全部夢だったのだ。自分はどこからも飛び降りていない。ただの夢だ。なんて、くだらないことを考えていたんだ。飛び降りたって何も変わんないじゃないか。そう心の中で呟き階段に向かった。

 何か、違和感は感じていた。だが、その少年はそれを気のせいだと思う。いや、思おうとした。だが現に、一歩進むごとに自分の考えは立証されていく。無情なほどにそれはありのままの事実を語ってるように見えた。その街には生気というものがなかった。人っ子一人、どころか動物も全く見えない。ただ、そこにあるのは暑くなって湯気が出ているアスファルトとそれに沿って鎮座する背の高い高層ビルだけだった。道を歩いていても人にあわない。カラスの鳴き声どころか蝉の鳴き声一つもしない。そこに生きてるのは自分だけ、そう思えるような場所だった。いや、何を考えてるんだ?ここは自分の住んでいる町だ。違う場所なもんか。何かあったんだ。僕が「寝てる」間に。誰かいるはずだよ。その少年はそのようなことを心の中で呟き続けた。その時、心が言った。


これは君の望んだ世界だろう?と


 ちがう・・・


 君は何もかもなくなればいいと言ったじゃないか


 ちがうちがうちがう・・・


 君はじゃあ一体何を望むんだい?


 ちがうちがうちがうちがうちがう・・・


 君は何も望んでいないじゃないか


 ちがう!!!!!!


 何が?


 ちがうちがう!ちがう!!


 彼は否定し続けた。いつのまにか心が口を閉ざしてしまったことにも気付かずに否定し続けた。彼は何もかもを否定し続けた。「自分」をも・・・


 気付けば、空がすでに赤くなっていた。自分が何をしてこうなったかをその少年は覚えてなかった。ただ彼は、自分が道路の真ん中に寝そべっていることだけは認識できた。このままでは変人に見られてしまう。そう思って、慌てて起き上がる。そこで彼は気付いた。道路で寝そべってる少年がいたら注目の的になってるはずだ。だが、自分を見てる人は誰もいなかった。いやそもそも「人がいなかった」。

自分がスルーされているのではない。通行人も店にいるはずの人も電柱に泊まってうるさく鳴いてるはずのカラスもジージーとうるさく鳴いているはずのセミも何もかもが「いなかった」。自分が動く音、ただそれだけが町に響き渡る。自分の叫ぶ声だけがあたりに響き渡る。自分以外に動くものも自分に以外に音をたてるものもいない。静寂、その言葉だけで表現するにはあまりにも静まりかえりすぎていた。

彼は動くものを探そうとした。街を走り回り探し続けた。何回同じ道を行ったのか分からない。何回同じ家の前を通り過ぎたのかもわからない。ただ、彼は必死に探し続けた。   


頭の中に恐怖が充満する。まるであの時みたいだ。そう考えてそこで彼は思った。


あの時ってどの時だ・・・?


その少年は10回目の自分の家に入った。クタクタだった。だが、眠くはなかった。冷蔵庫を開けると出ていった時とそっくりそのままのものが入っている。その少年は食べれる物を上の自分の部屋に持っていった。そして、猛烈に口の中にその食糧を放り込んでいった。それで全てが覚めるだろうと信じたかのように。ただ、食べ物を口に放り込んでいく。その少年は自分の食慾が満たされた時、すぐに眠気を感じた。そのすぐ後、すでにその少年は意識がなくなっていた。


少年はあちこちが痛くて目を覚ました。そして、床で寝ていたことに気づいた。すぐに少年は起き上がって、下に降りてゆく。だが、世界は少年の意図に反して元のままだった。

人っ子ひとりいない世界。傲慢で乱暴でくずみたいなやつらがいない代わりに親がいなかった。ただずっと、何もしないでこちらを見てるやつらがいない代わりに友達が誰ひとりとしていなかった。カラスの声も朝に聞こえてくるはずの小鳥のさえずりも、いつもうっとうしいと感じていたはずのセミの声まで、なにもかもが彼を見放してしまったように。世界が彼にこれが現実だと言っているように。

彼は帰りたかった。どうしようもなく帰りたかった。ただ人の笑い声するところにいたかった。自分に答えてくれる人が少なくとも一人はいる世界に帰りたかった。彼をいじめるやつらがいたってもう構わない、彼を見捨てるやつらがいても構わない。彼はそれでも、帰りたかった。自分がどう仕様もないと思っていた世界に帰りたかった。

彼は何も考えずに家を飛び出していた。彼は帰ることだけを考えていた。元の世界に帰る。その時、彼の中にあったのはただそれだけだった。目的も分からず行く当ても分からず何が起きてるのかもわからず、ただ彼は走っていた。

気がつくと目の前に階段があった。ずっと上まで続いてる。少年はわけも分からず駆け上がる。少年はそこを知っていた。どこかで見たことがあった。いや、ここに来たことがあった。急に視界が開ける。太陽の光が自分に降り注いでいた。風がとても心地よかった。そこで少年は何をすればいいのか理解した。来た道を戻ればいい。この世界とはおさらばだ。少年は両手を大きく広げて飛んだ。横を空気が流れていく。少年はまっすぐ下を向いた。やっぱり一面にアスファルトが広がっている。けれども彼はもう恐怖を感じなかった。今度こそ彼は歓喜で心が満たされていたのだ。とても時間が長く感じた。

 もっと早く、もっと、もっと。ただ、そう願い続ける。もっと早く、もっと早く、もっと・・・。

 もうすぐだ、もうすぐこんな世界とはおさらばだ。僕はもとの世界に帰るんだ!もうすぐだ!

 彼は落ちていく。アスファルトに吸い込まれるように。その時、彼は気付いていなかった。周りがにぎやかなことに。人の声が、鳥の声が、セミの声がすることに。彼はアスファルトだけをずっと見つめていた。彼がアスファルトに到達するまであと30秒、彼がアスファルトに到達するまであと20秒、彼がアスファルトに到達するまであと10秒、彼がアスファルトに・・・


 ドガッ、グチュリ、グチュ・・・


 少年は目を開けた。周りにたくさんの人がいた。中で一人がそばに寄ってきて何か叫んでいる。

「帰ってきた」

彼をそう呟いて手を伸ばす。だがその手が人に届く前に、彼の視界がテレビのスイッチを切ったようにプチっと途絶えた。


どうも、こんにちわ。少し、残酷な物語です。あまり、あとがきで長話をするのもなんですが、一つ話しておきましょう。みなさんは、自殺したいと思ったことはありますか?僕はありますよ。でもその度に思うんですよね。死んだ後ってどうなるんだろうって。この物語は自殺して死ぬまでのほんの一瞬の物語です。じゃあ、この人は死んだあとどこに行ったのでしょうか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ