異父妹の結婚式に出席の返事したいけど、コレほんとに出席していいやつ?
姉は頭良いけど脳筋寄り。
「異父妹の結婚式に参加していいのかわからない」
「それはギルドの受付業務外ですね」
拠点変更の翌日、ギルドで寝不足の顔を晒した私に受付のお兄さんが冷たく言い放った。
いやごもっとも。業務妨害スミマセン。
***
私はティル、しがない上位冒険者だ。
元は帝都の冒険者兼伯爵家の嫡子だったが、つい昨日、その貴族籍を他人に押し付けて冒険者一本の人生に転向した。
貴族としての身分に未練もないものでスッキリしているわけだけども。
私の代わりに貴族として家に残る事になった異父妹には申し訳ない気持ちもある。
嫌われてはいないと思うのだけど、いかんせん関りが薄すぎた。
嫌われてはいないと思うのだ(大事な事なので繰り返す)が、それはそれとして結婚式という晴れ舞台にのこのこ出向いてって良いかどうかわからない。
祝えるものなら祝いたい。詫びも入れておきたいし、感謝も伝えたい。
けど、迷惑じゃない?
この『可能であれば結婚式に参列していただきたいです』は社交辞令じゃない?
行きますって返事して大丈夫?
というのを一晩中考えていた。
相談できる相手いないの困りますね…という気持ちを今噛みしめています。
どうしよ。
***
「不景気なツラを受付にならべるんじゃないよ」
「ぁ…おはようございますぎるますぅ……」
奥から出てきたギルドマスターに首根っこを掴んで持ち上げられる。
左手は魔義肢だけど、戦闘用なのかな、私一人くらいなら過負荷にもならないらしい。
「わたしの本日の業務は終了した、ドリーさんと呼びな」
「はぁい、どりーさん…」
「何なんだいさっきから、とんでもない腑抜け状態じゃないか」
掴み上げたままの私の顔を覗き込みながらギルマス改めドリーさんが不安そうな顔をする。
聞いてた話と違う、みたいな顔をされてる気がする、すみません。
多分帝都のギルドから色々聞いているのだろう。
冒険者稼業でこんな顔を晒した事はないし、なんというかこう…基本は悩むより走るタイプなので、普段はこうじゃないのだけど。
「あぁ、すみません、ちょっと悩みがあって」
「なんだい、もう故郷が懐かしくなったとでも?」
「いえ異父妹との関係でちょっと」
私の言葉を聞いたドリーさんは、器用に片眉を上げた後、私を荷物のように抱えなおしてギルドを出た。
「少なくともギルド内でする話じゃないね、わたしの朝飯に付き合いな」
「……相談に乗ってくれるなら奢ります」
なるほど、じゃあ豪勢に行くか、と言ってドリーさんはギルド斜向かいにある食堂に向かう。
冒険者の集まる食堂で、朝早くから深夜遅くまでやっていてくれるありがたい店だと聞いた。
同様の店が近くにあと二軒ほどあるらしく、それだけでもこの領はそれなりに栄えているのだとわかる。
ドリーさんの選んだ店は、上階に個室を用意してあって、ギルド内の施設が埋まっている時に借りたりもできるのだと言う。
提携店のようなものらしい。
「別に個室でなくてもよかったんですが」
「一応個人情報だ、できるだけ面倒がないように手配しとくもんだよ」
そう言ってドリーさんは朝メニューの表を上から一通り全種類頼んだ。
頼むのはいいんだけど、食べきれるのかな…いや朝メニューはそんなに量がないから二人で食べればいけるか。
案内された個室は20人くらいが余裕で入れる広さがあった。予約がない時は4人席を3つ作ってあるらしいが、朝は回転が早く、かつ人手が足りないため基本的には使用していないそうだ。
部屋の使用代を追加すれば使えるようにはなっているので、夜勤明けでゆっくり朝ごはんを食べたい人なんかが使う場合もあるとの事。
今回は一応貸し切ってもらう形なので、その分部屋代を出す事になる。お金には困ってないので相談料と思えば安いものだ。
なんせ相談相手から探すレベルの見知らぬ土地なので。新参者は辛いよ。
「で、異父妹さんとなんかあったのかい?」
こっちでの手配依頼してきた新当主様だろ?と、料理が一通り揃って店員さんがいなくなってからドリーさんが問いかけてくる。
夜勤明けとは言え、朝から初手に焼き肉はツヨイ。
私は無難にサラダからつつこう。新鮮なお野菜おいしそう。
「えー……異父妹の結婚式に出てもいいのか悩んでまして」
「……いや出ればいいだろ?」
何を悩む事があるんだという顔をされる。
いやまあそうですよね…私も同じ相談持ち掛けられたらそう言うし、と思いつつ、異父妹との関係をかいつまんで話す。
主に迷惑をかけたと思ってる辺りを重点的に。
「そういうわけで、手紙にあった結婚式に出て欲しいという話が、社交辞令と言うか連絡ついでの定型文なんじゃないかなー参加のお返事していいのかなーという判断が、つかなくて…」
「来て欲しくなきゃ参加の可否なんか尋ねないだろ」
「そこはほら…貴族的な…アレコレで…?」
びちびち目を泳がせてる私に、ドリーさんが呆れたようにため息をつく。その間も食べるスピードが落ちてないのはすごい。
蜜のかかった黒パンを一口噛って、殊更ゆっくり咀嚼しながら見てくるドリーさん。
好きにしろよと言われてる気がすっごくする。
「参加した所で問題が起きるわけじゃないし」
対外的には既に赤の他人の冒険者なわけだし。
「私のしたいようにすればいいやとも思うんですが」
「そうだね、わたしもそう思う」
「異父妹を嫌な気持ちにさせるのは嫌だな、というか、嫌われたくないな…と思ってしまって」
言葉にすると恥ずかしいなあとなりつつ、そう言うと、黒パンを二切れ食べ終わったドリーさんがちょっと驚いたような顔でこっちを見ている。
「嫌われてるかも知れない、とは思ってないのに悩んでるのかい?」
「あ、はい、嫌われてはいないと思います」
異父妹からの悪意を感じた事はないし、こっちを気遣ってくれてるのも感じてた。
今回の事にしたって、結構念入りに便宜を図ってくれていたし。
「私の事を嫌っていて追い出したいだけなら、そこまではしないと思うんですよね」
自惚れかも知れませんが。
「嫌われてはいないと思うけど、好かれてるとは確信できない、か……」
わたしは何の相談を受けているんだったかねこれ…と呟きながらドリーさんが香草茶を口にする。
所属冒険者の家庭の悩みですかね、若干変則的ですけど。
嫌われてはいないと思う、嫌っている場合でも私には悟られないよう徹底的に隠してくれているんだと思う。
だから、結婚式招待の文言が社交辞令だったとしても、行くよと言えば嫌な顔一つしないで迎えてくれるだろうけど。
悩む理由は多分一つだけ。
私はあの子に嫌な思いをさせたくないのだ。一応表向きにはおめでたい日なわけだし。
「正直、それに関しちゃあんたの話だけ聞いてても埒が明かないから、本人に聞きなよと言いたいんだが」
「ぐぅ…正論ありがとうございます」
わかってるんです、それが一番早いという事は。
今はまだ私も拠点を移したばかりで、大きい仕事や長期の仕事を抱えていない、帝都まで往復六日もさほど苦にならない状態だし。
「とは言え、いきなり面と向かってそういう話をするのが難しいのもわかる」
「いやほんと、相手が魔物なら見敵必殺で済むのに」
「物騒だなおい!」
カリカリにやけたベーコンをがりがりしながら漏れた本音に、ドリーさんからツッコミが入る。
いやでもほんと、人間相手だと気を付けないといけない事ばかりで、魔物相手だったら見つけて殴って剥ぎ取るだけで済むのに…みたいな気持ちになる事はままあるんですよ。
だいじょうぶ、それをにんげんあいてにやっちゃだめなことはわかってます。
「それはさておき、今回異父妹さんが便宜を図ってくれた件の詳細を教えてもらえるかい?」
問題がなければ、だけど。と添えられた言葉に、少し思案する。
それを指標にしてドリーさんが客観的に『異父妹が私をどう思っているか』を考えてくれるという事なのだろう。
伝えて問題のあるような事はないし、個人の感想程度とは言え、他人から見てどう見えるのかがわかるだけでもとても助かる。
「そうですね、今回は大きな案件が二つありまして」
細かい事もそれなりにあるが、そこは割愛する。向こうにいた時の家の中での対応が主だし。
私の言葉に、ドリーさんが頷く。その手には目玉焼きの乗った厚焼きトースト。
私は目の前に寄せたオムレツをつつきながら話を続ける。
「まず一つ目は、こちらに移動するのに用意してくれた長距離用ラウンジ馬車(商品名)の手配ですね」
「んぐっ」
ドリーさんが変な声を上げた。
トーストが変なところに入ったらしい。盛大にむせているドリーさんに、慌てて水を差し出す。
「ぐ…ゲホ……ありがとう」
「大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ、所で聞きたいんだが、今言っていたラウンジ馬車ってのはあれかい…最近発売されたばかりの」
「はい、ブラスト商会の新商品です」
何やら伝手があったらしく、モニターを兼ねて移動に使って欲しいという話だったんですよね。
そう言えば乗り心地レポートもまとめて一緒に送らなきゃな…と呟いた私を見ながらドリーさんが、眉間をマッサージしていた。
「あんた…あの馬車の金額知ってるかい?」
「えーと、すごい金額でしたよね、帝都の一等地に屋敷が立つくらいって聞いてます」
「そう、そんな金額なのに、人気に製造が追いついてなくて、献上された皇帝一家と高位貴族のごく一部くらいしか持ってない、今一番アツい馬車だ」
「そんなにすごい物だったんですね!」
モニター兼ねてとは言え、すごいのに乗せてもらったんだなあ。
なんて、軽く感動を噛みしめていたら、ドリーさんが唸って額を押さえてた。
具合悪いですか?帰ります?
「……ちなみに、もう一つの便宜ってのは?」
「今回の拠点移動に際して準備してくれた、家ですね」
「………」
私は最初、適当な宿か月極の部屋を用意しておいて欲しいと実家の従僕見習いに頼んでいた。
ざっくりした条件を書いた紙と準備金(手間賃は別途)を渡して、用意ができたら場所と鍵を冒険者ギルドに預けておいて欲しい、と。
一旦拠点を移してから条件に合う家なり部屋なりを探せばいいや、と思っていたんだけど。
それを知った異父妹が、先んじてこちらで家を用意してくれていた。
家具付き一軒家、冒険者ギルドからは2ブロックくらい離れていて近すぎず遠すぎず、間に商店街を挟んでいるのも助かる。
昨日今日ではこの土地で他にどんな売家があるかもわからないが、自分で探しても高確率でこの家を選んだのではなかろうかという満足度がある。
そういう事をざっくり話したら、ドリーさんが一回天を仰いだあと、水を一気に煽った。
そして深いため息ついたあと、やや据わった目でこちらを見てくる。
「わたしの姪がねえ、娯楽小説ってやつを好んで読んでるんだが」
「え、はい…はい?」
突然の話題転換に困惑する私をよそに、ドリーさんがすごく良い笑顔になる。
「あの子が言う『鈍感系主人公』というのはなるほどこういう人間なんだろうな、てなってるよ、今」
どんかんけいしゅじんこう、それは、向けられた好意を別の物と判断し、勝手に納得する生き物だと聞く。
傍から見たら秘されてすらいないだろう好意ですら、気づかない……そういう生き物に、私は、なっていた……?
「その便宜の図り方だけ見るなら、嫌われてないどころか…だいぶデッカイ好意を向けられてると思うよ」
家庭環境考えたら、直に伝えられない分が割り増しになっただけかも知れないけどね。
唖然としている私に苦笑したドリーさんがそう続ける。
「嫌っていないだけ、と言うにはあんたへの気遣いが並のレベルじゃない、とわたしは思うね」
「……ぁぁぁぁぁ…」
「そんなわけだから、結婚式には参加の返事をして問題ないだろうよ」
「うぅありがとうございますそうします」
いやそうだね、ものすごく気遣われてますね、気遣われてるのはわかってたのに、その気遣いの深さにまで思い至っていなかったというか。
という羞恥で呻いてしまうけど、なんかあれです、嫌われてるの実感より、好かれてるの実感する方が難しいじゃないですか?
だって間違ってたらものすごい自意識過剰な人になるし!
等と言い訳を脳内で捏ねるも、そんなのはドリーさんには関係ない話だ。
ひとまず帰ったら色々お礼と結婚式出席しますの返事を出そう。レポートも一緒に。
「ただ、やっぱり一度ちゃんと顔を合わせて話をしておくべきだと、わたしは思うよ」
「そう、ですね」
「できれば結婚式の前に一度会っておくのをお勧めしておく」
結婚式は来月末だそうだから、今の内に会っておくのがやっぱり良いんだろうな…手紙で予定も確認しておくか…。
と、そこまで考えた所で、丁度よい口実になりそうな件があったのを思い出す。
ついでに確認してしまおう。
「ドリーさん、ついでに一点相談が」
「…異父妹さん関連かい?」
「はい、素材の買い取りについて、優先購入権が欲しいと言われてまして」
「ふむ」
私は使った事がないが、特定の冒険者が入手した素材の優先購入契約と言う物がある。
契約はギルドを通す形と、通さない形の二種類。
ギルドを通す場合、品質の鑑定・保証と運搬をギルドが担う変わりに、購入者がギルドに手間賃を上乗せした形で支払いをする事になる。
ギルドを通さない場合は冒険者との直接契約になり、ギルドの保証はなし、鑑定・運搬は大体の場合購入者が担当する事になる。
商人は前者を、職人は後者を選ぶ場合が多い、とは聞く。
帝都にいた頃にも、その手の要望はあったが全てお断りしていた。
あの頃は冒険者としての活動も不定期である期間が長かったし(学業優先)、いつまで冒険者を続けられるかもわからなかったし。
けど、今は違う。私はこのまま冒険者として生きていける事になったのだし、異父妹が望むなら契約するのも吝かではない。
「ギルド経由で、どこかの商会に卸す形にしたいって事かね?」
「ブラスト商会に、ですね」
「あぁ、伝手があるんだったか…品の指定や数量は?」
「辺境領でしか取れない一部の素材を対象に、かつ私の入手量の半分という条件で契約したいという事なんですが」
「ふむ、それであれば大きな問題にはならないだろう」
思案顔で呟くドリーさん。
高ランク冒険者しか入手できない素材は大体品薄なので、全部を帝都に持って行かれるのは承服できないだろうという話は手紙にも書かれていた。
半分でも多いなとなるかも知れないが、そこはまあ、私の腕の見せ所だろう多分。
「希少部位が入手できた場合は都度相談、という形で良いなら、すぐにでも契約の準備をしよう」
「ありがとうございます、ではそのように伝えておきます」
希少部位は入手できても個数が少なく、分割できないもの・分割すると価値が下がる物もあるから、妥当だと思う。
「それで?契約の時に行くか?初回納品まで心の準備するか?」
ニヤと笑ったドリーさんに、相談の本題はまあバレていますよねと苦笑する。
ギルド間の運搬は、相互に準備してある転送陣を使う。あまり遠すぎると無効になるらしいが、帝都から辺境領までは有効範囲だ。
馬車で何日もかけずに移動ができる。
ギルド員と所属冒険者は、許可があればこの陣を使えるため、この契約を口実に陣の使用許可を貰おうと思っていた。
取引の契約や初回納品時であれば、当然責任者として異父妹が来るだろう。
そのタイミングに便乗すれば仲介点となる帝都のギルドに、帝都と辺境領のギルド員、異父妹とおそらくブラスト商会の人が揃っているはず。
必要な手続きが終わった後で、ついでに異父妹と話をしてきてしまおうと言う魂胆だ。
「心の準備をしすぎると逃げ腰になる性質なので、契約の時に」
「いいだろう」
「よろしくお願いします」
「契約書の準備には三日ほどもらう、それ以降で都合良い日を訊いておいてくれ」
そう言って、ドリーさんが席を立つ。
気付けばテーブルの上に並んでいた食事はほぼなくなっていた。あと残っているのは私の前にあるフルーツくらいだ。
ほとんどをドリーさんが食べた…なんて事はなく、ドリーさんが6:私が4くらいだと思う。冒険者は体が資本なので。ごはんだいじ。
「じゃ、わたしは帰るよ、馳走になったね」
「いえ、こちらこそ助かりました」
ありがとうございます、と深々頭を下げる私に軽く手を振ってドリーさんは帰って行った。
私もフルーツ食べたらすぐ動こう。
***
翌日、ギルドで受けた仕事をこなしつつ、このくらいの量あればあっちとこっちでいい感じに流通しますかね?と考えた量の素材を確保してギルドに持ち込んだら、怒られた。
「こんな量がいきなり流通したら、あっちもこっちも値崩れするわ」
量は欲しいが、いきなり値崩れすると生活が立ち行かなくなる人も出るだろう。
あと、狩り尽くしたらそれはそれで困るんだよ、素材がなくなるのもだけど、生態系が変わるから。
狩り尽くしてはいない?ならよかった!
等々…じっくり説明してもらいました。
「あんた異父妹さんと違ってこういう所の勘所はないのかい?」
ないみたいです。
帝都近辺では、植物鉱物系の素材はさておき、魔物は狩り尽くしても文句言われなかったし…そもそも数もそんなにいないし…スミマセン。
と、しょぼくれた私を、他の冒険者がドン引きして見ていたのが忘れられない。
***
契約当日、ギルド契約担当員の人と一緒に転移陣で移動する。
帝都ギルドの転移陣が敷いてある転移室には、帝都ギルド側の契約担当員と、異父妹の専属侍女ローリが待っていた。
「お待ちしておりました」
「本日はよろしくお願いします」
軽く挨拶をした後、ギルド員の二人は一旦ミーティングスペースに移動した。
ギルド側での契約内容すり合わせを先にするという話は出発前に聞いていたので、私は先に異父妹が待っているはずの会議室へ向かう。
案内はローリが務めてくれるという事なので。大人しく後を着いて行く。
「ローレット伯爵はお元気ですか?」
誰が聞かれても良いようにと考えて発した言葉に、ローリが動きを止める。
少し逡巡したような間を置いた後、呼び方についての要望を告げられた。
「ご主人様は、契約相手を対等に扱うという方針なので、名で呼んでいただければ幸いです」
「…?わかりました」
親しさアピールとかが必要なのかな?と思いつつ、特に問題はないので了承する。
そうこうしている間に異父妹がいるはずの会議室に着いた。
扉をノックして、暫く待つが反応がない。
部屋にいないのかな…?と覗こうとした所をローリが止める。
「私が先に確認しますので、少々お待ちを」
そう言って私を除けたあと、扉を薄く開いて中を確認したローリは、扉を一度締めて息を吐いた。
中から声が漏れ聞こえてきていたので、中には居るらしい。
どういう状況だろうかと考える私の前で、大きく扉を開くローリ。
「問題ありませんので、どうぞ中へ」
「大丈夫なの?」
「はい」
彼女がそう言うならそうなのだろう。開かれた扉から中に入る。
会議室の壁に窓はないが、圧迫感を感じないようにとの配慮なのか、扉向かいの壁に大き目のシンプルな風景画が飾られている。
室内には大きなテーブルが一台、テーブルにつけられた椅子が六脚、扉両側の壁沿ってに予備の椅子が二脚ずつ。
天井には吊りランプが三基あり、室内を過不足なく照らしている。
私から見てテーブルの左側に二人の人間が座っていた。
異父妹と、美しい金髪を一つに括った青年。青年は立ち上がってこちらに軽く会釈をした後、異父妹に何事かを話しかけたが、異父妹は反応を返さない。
大丈夫かな?と思いながら見ていると、青年が苦笑したあとこちらに歩いてきた。
「初めまして、クロス・ブラストと申します、冒険者のティル様でよろしいでしょうか?」
「初めまして、ご丁寧にありがとうございます、冒険者のティルです
私の事は呼び捨てにしていただいて構いません」
「では、ティルさんと呼ばせていただきますね
私の事も呼び捨てでお願いします」
「よろしくお願いいたしますクロスさん、今回は契約の件ありがとうございます」
にこやかに挨拶を交わし、握手をする。
おそらく彼が異父妹の結婚相手なのだろう。
それはそれとして、異父妹がずっと何事か呟きながら動かないのはあれ大丈夫なんだろうか?
目線をあちらに向けると、クロスさんが先程も見せた苦笑を再度浮かべる。
「ダイアナ様はどうにも緊張でこちらの声が届かない状態のようでして」
「きんちょう」
そんなに私と会うのがストレスに…?!
と愕然とした私に、クロスさんが慌てた様子で彼女にマイナス感情があるわけではないと教えてくれる。
「私が説明するのもちょっと気が引けるので…」
直に様子を見ていただいた方が早いんじゃないですかね…と言うクロスさんに、異父妹の方へどうぞと促されたので、そのまま彼女の隣まで進む。
口元で両手を握りしめたまま、どこか鬼気迫ったような様子で一心に何かを呟いている。
呟いている内容が気になって寄せた耳に聴こえてきたのは、繰り返されるワンフレーズ。
「おねえさまってよぶ、おねえさまってよぶ、おねえさまってよぶ、おねえさまってよぶ、おねえさまってよぶ」
なるほど、私の事をおねえさまと呼んでくれるつもりだったらしい。
なにこれかわいいな。
確かに私達はお互いを呼んだ事がほぼない。関わりを薄くしていたし、親密になってはいけなかったから。
距離を保って会話もほとんどしなかったし、どうしても呼びかけが必要な時には他人行儀に「彼女」「あの人」「あなた」等と呼ぶのがせいぜいだった。名前を呼んだのも、おそらく初対面の時くらいだろう。
なんだかんだ、家族関係はほぼ解消されたようなものだけど、それでも。
「『おねえさま』って呼んでくれるんだ、嬉しいな」
思わずそう溢してしまった。表情もまあゆるゆるだっただろう。
今回来て良かった、結婚祝いも奮発しちゃおう、それにこの様子なら今の拠点と実家を繋ぐ転移陣も置かせてもらえるかな?なんて考えている私の目の前で、呟きを止めた異父妹ダイアナがぎこちない動きでこちらを向いた。
「お、ねえ、さま…?」
「うん」
満面の笑みで返事をしてしまう。
あ、でも、アヤカ・ローレットはもう他人に譲渡しちゃったから、呼び方は変えてもらう方がいいかな。
「これからはティルねえさんとか呼んでもらえると嬉しいかなあ」
「……な…」
私の目の前でじわじわ赤くなったダイアナが、立ち上がって私から距離を取る。
部屋奥の壁に背を預けた状態で、改めて私を見て、わなわなと震える両手を口元に当てたかと思ったら、すごい勢いで喋り始めた。
「なんでもうおねえさまがここにいるんです?ノックは?ノックの音した?私が気づいてなかっただけ?え、まっておねえさまってよんでお返事いただきました?よんでだいじょうぶって事なんですか?いやなんかもっと都合の良い言葉が聞こえた気がするけどこれは妄想?夢?緊張しすぎて気を失ったとかそういう話ですか?」
等々、怒涛のノンブレス。
「ノックあったけど気づいてませんでしたよダイアナ様」
「おねえさま呼びも許可されてますよご主人様、よかったですね」
「現実だよ、私の事はティル姉さんって呼んでねはい復唱して」
クロスさん、ローリ、私の順で返事をしていく。
私以外の二人もちゃんと聞き取れてるあたり、ダイアナのこういう喋り方は割とよくある事なのかも知れないな、と思う。
知らない事ばかりだろうけど、これから少しずつ知っていけたら嬉しいな。
「てぃ…ティル、ねえさま…」
「よくできました、私もダイアナって呼んでいいかな?」
あ、他の人がいる時にはダイアナ『様』って呼ぶけど。
そう言うと、ダイアナが首肯する。良かった。
「改めて、これからよろしくね、ダイアナ」
「こ…こちらこそ、よろしくおねがいします、ティル姉さま」
まだ顔の赤みが残っているダイアナに近づいて、握手を求める。
握り返してきた手はやわらかくて、私より小さく華奢だった。
色々話したい事がある、今までの事もこれからの事も。
でもまずは、契約の話からかな。
「割れ鍋に綴じ蓋ってこういう事を言うんでしょうねえ」
「あの親にしてこの子あり、という気もする」
なんて、やや失礼な言葉も聞こえてきたけど、否定もできないので聞き流しておく。
その後、ギルド員を交えての契約は無難に終わった事をここに添えておく。
後日無事に挙げられた異父妹の結婚式には、無事参加できました。
「『おねえさま』許容量がオーバーしなくて良かったです」
そう言ってローリは持っていたタオルをお仕着せの隠しに仕舞った。
それを見ていたクロスは、やや不安気な顔をして尋ねた。
「その許容量把握は僕もしておいた方がいいやつ?」
「…これから許容量増えると思うので多分大丈夫です、多分ですけど」
なんだかんだ上手くやっていく予定の姉妹、やらかしのストッパーは君達だ、がんばってねローリ&クロスくん。
ローリは姉が思ったよりポンコツだったなと思っているとかそういう話もあったりなかったり。




