第4話 ガチャ商法と経済侵略
「……エリゼ様。確認ですが、このただの水が、金貨一枚で売れると?」
ハンス商会長が、小瓶を透かして怪訝な顔をしている。
中に入っているのは、無色透明な液体だ。
「ただの水ではありません。『雪の精霊の涙』です」
私は真顔で訂正した。
「成分は、帝国の清浄な湧き水に、私が錬金術で抽出したビタミンCと保湿成分を配合したものです。原価は瓶代を含めても銅貨数枚ですが」
「……あくどい」
「ブランディングです。王国の貴族は『限定品』と『美』という言葉に弱いのです」
帝国の財政再建プロジェクト。
その第一弾として私が考案したのは、化粧水販売だ。
北国の過酷な環境で育った植物は、抗酸化作用が強い。
これを美容液として加工すれば、肌荒れに悩む王国の貴族婦人たちに間違いなく刺さる。
前世のデパコス知識を総動員した、渾身のレシピだ。
「ですが、ただ売るだけでは足りません。彼らの財布の紐を完全に引きちぎる仕掛けが必要です」
私はテーブルの上に、三種類の瓶を並べた。
一つは、普通のガラス瓶。
一つは、銀のラベルが貼られた瓶。
一つは、金箔で装飾された豪華な瓶。
「中身の効能は同じですが、香料のランクを変えています。これを、中身が見えない木箱に入れて封印し、ランダムで販売します」
「……ランダム、ですか?」
「はい。百個に一つだけ、金の瓶が入っています。金の瓶を引き当てた者は『真の美の女神に愛された者』としての名誉を得られる、という噂を流します」
ハンス氏がゴクリと喉を鳴らした。
「つまり、金の瓶が出るまで買い続ける者が現れると?」
「その通りです。射幸心を煽るのです。人は『あと一回で当たるかもしれない』と思った時、理性を失いますから」
前世で私が「推しの水着ガチャ」に給料を溶かしたように。
これは悪魔の発明、ランダム型アイテム販売――通称「ガチャ」だ。
ハンス氏はしばらく沈黙した後、震える手で私の手をとった。
「……あなたが味方で本当によかった」
「褒め言葉として受け取っておきます」
契約に基づき、売上の三〇%は私の懐(個人資産)に入る。
私も推しに貢ぐための軍資金が必要なのだ。
容赦はしない。
◇
結果は、爆発的だった。
一ヶ月後。
ハンス商会の倉庫には、王国から吸い上げた金貨の山が築かれていた。
「素晴らしい……! 王国の夜会では今、金の瓶を持っていることがステータスになっているそうです!」
ハンス氏が笑いすぎて顔をくしゃくしゃにしている。
予想以上の大ヒットだ。
王国通貨が帝国に流入したことで、為替レートも帝国有利に傾きつつある。
まさに経済侵略。
私は帳簿を確認し、自分の取り分を計算してニマニマしていた。
「……何をしている」
背後から声がかかり、私は飛び上がった。
振り返ると、ヴァングリード陛下が立っていた。
今日も顔色が良く、私が開発した「発熱インナー(試作品)」を着用されているので、薄着でも寒くないようだ。
「へ、陛下。ご覧ください、この戦果を」
私は金貨の山を指し示した。
「王国の貴族たちから巻き上げた『外貨』です。これで当面の食料輸入も、燃料確保も問題ありません」
「……これを、すべてお前の策で?」
「はい。ハンス商会との連携(商会資産の運用)による成果です」
陛下は金貨の山を見つめ、それから私を見た。
その瞳には、畏敬の念すら浮かんでいる。
「エリゼ。お前は、魔術師どころではないな」
「ただの錬金術師です」
「いいや。お前は……」
陛下が一歩近づいてくる。
私は後ずさりしようとして、背後の金貨の山にぶつかった。
逃げ場がない。
陛下の手が伸びてくる。
冷たい指先が、私の頬に触れた。
以前のような氷の冷たさではない。
人の体温を感じる、心地よい冷たさだ。
「……国を救い、私の体も救った。お前は何者だ?」
「えっと……陛下のファン、です?」
「ふぁん?」
聞き慣れない単語に、陛下が小首を傾げる。
その仕草があまりにも可愛くて、私は心臓を押さえた。
「つまり、陛下が健やかであらせられることが、私の喜びなのです」
「……そうか」
陛下はふっと破顔した。
それは、今まで向けられたどの表情よりも、甘く、優しいものだった。
「お前のその笑顔、悪くない」
「は、はい?」
「国のため、私のためと言いながら、お前は楽しそうに笑う。……その強さが、愛おしいと思う」
ドクン、と心臓が跳ねた。
待って。
今のセリフ、好感度マックスの攻略イベントでしか聞けないやつでは?
まだ序盤も序盤なのに、フラグ管理はどうなっているのか。
陛下は私の頬を一撫ですると、満足げに立ち去っていった。
残された私は、顔から火が出るほどの熱を感じていた。
こればかりは、錬金術でも冷ませそうにない。
◇
一方、その頃。
王国の王宮にて。
「なんだこれは! どこもかしこも品切れだと!?」
ジェラルド王子が、空の木箱を床に叩きつけていた。
彼の目の前には、大量の「雪の精霊の涙」の空箱が散乱している。
隣にいるピンク髪の婚約者、ミナが泣きそうな声を出した。
「ジェラルド様ぁ……私、どうしても『金の瓶』が欲しいですぅ。あれがないと、今度の夜会で笑われちゃいますぅ」
「わかっている! だが、どこの商会も在庫がないのだ!」
ジェラルドは苛立ち紛れに髪をかきむしった。
この大流行している美容液が、かつて自分が捨てた「地味な女」の手によるものだとは、夢にも思わずに。
「……帝国のハンス商会と言ったか。直接乗り込んででも、手に入れてやる」
王子の瞳に、昏い独占欲と焦りが灯る。
それは、破滅へのカウントダウンだった。




