第10話 ハッピーエンドのその先へ
鐘の音が、澄み渡った青空に響き渡る。
「……重い」
幸せの重みではない。
物理的に、ティアラとドレスが重い。
帝国の聖堂。
ステンドグラスから降り注ぐ光の中、私はヴァングリード陛下の隣に立っていた。
私が身に纏っているのは、帝国の職人たちが総力を挙げて仕立てた純白のドレスだ。
そこには、無数の「極小魔石」が刺繍として縫い込まれている。
歩くたびに光を乱反射し、まるで銀河を纏っているかのように輝く。
(制作費、国庫から捻出。……決算書を見るのが怖い)
私の貧乏性(元庶民感覚)が疼くが、隣にいる夫――ヴァングリード様が満足そうなのでよしとする。
今日の彼は、いつにも増して神々しい。
健康的な肌色、輝く銀髪、そして私だけに向けられる蕩けるような笑顔。
「エリゼ。誓いのキスだ」
「は、はい」
司祭の言葉を待たず、彼は私のベールを持ち上げた。
参列者たちの歓声。
その中には、涙を流して喜ぶハンス商会長や、元気になった側近たちの姿も見える。
唇が重なる。
温かい。
かつては氷のように冷たかった彼が、今はこんなにも熱い。
それが何よりの奇跡で、私は視界が滲むのを感じた。
◇
披露宴の会場にて。
隅の方で小さくなっている集団がいた。
王国の使節団だ。
その中心には、やつれ果てたジェラルド元王子がいる。
彼は王位継承権を剥奪され、今は「借金返済担当官」という不名誉な肩書きを背負わされている。
「……おめでとうございます、皇帝陛下。皇后陛下」
ジェラルドが、屈辱に震えながら頭を下げる。
その横には、地味な平民の服を着たミナの姿もあった。
彼女もまた、美容液代のツケを払うため、王国の農場で働くことになったと聞く。
「うむ。……返済計画に遅れはないな?」
ヴァングリード様が、冷たい声で確認する。
公私混同はしない。
これは国家間のビジネスだ。
「は、はい……。国民総出で、特産品の生産に励んでおります……」
「よろしい。帝国の属国(経済パートナー)として、精々励むことだ」
ヴァングリード様は興味なさげに視線を切った。
王国は事実上、帝国の経済圏に組み込まれた。
彼らは一生、私たちの豊かな生活を支えるために働くことになる。
死ぬより辛い、労働という名の贖罪だ。
(ざまぁ、完了)
私は心の中で密かにガッツポーズをし、グラスを傾けた。
中身は、帝国の新名産品「温室育ちのスパークリング・オレンジジュース」だ。
◇
結婚式から数ヶ月。
帝国は劇的な変化を遂げていた。
私が開発した「大型温室ドーム」が稼働し、極寒の地でも野菜や果物が収穫できるようになった。
食料自給率は爆上がりし、余剰分は輸出に回されている。
ハンス商会は世界規模の大企業となり、帝国の国庫は潤沢だ。
私は皇后となったが、やることは変わらない。
「エリゼ様! 北の村から『除雪用ゴーレム』の追加発注が!」
「皇后陛下! 新型ヒーターの特許申請書類にサインを!」
執務室(兼研究室)で、私は書類の山と格闘していた。
国民全員が、私の「推し」になったようなものだ。
彼らが凍えず、ひもじい思いをせず、快適に暮らせるようにする。
それが、私の新しい推し活だ。
「……働きすぎだ、エリゼ」
不意に、書類が取り上げられた。
ヴァングリード様だ。
彼は不満げに眉を寄せ、私を椅子から抱き上げた。
「私の管理がおろそかになっているぞ」
「きゃっ、陛下!? まだ仕事が……」
「ロイヤリティなら十分に払っているはずだ。……今は、夫としての権利を行使する」
彼は私を連れ去った。
向かった先は、私室。
そこには、変わらぬ姿で鎮座する「コタツ」があった。
最高級の布団に新調され、天板には山盛りのミカンと、湯気を立てるお茶。
彼は私をコタツに押し込み、自分も隣に潜り込んできた。
「……ふぅ」
二人して、同時に息を吐く。
やっぱりこれだ。
どんなに国が豊かになっても、この狭くて温かい空間こそが、私たちの原点だ。
「エリゼ」
「はい、あなた」
「愛している。……お前がくれたこの熱を、一生離しはしない」
ヴァングリード様が、私の肩に頭を預けてくる。
甘えん坊な大型犬のような、愛おしい重み。
私は彼の手を握り返し、コタツの中で足を絡めた。
外は吹雪。
けれど、ここには春がある。
推しを救うために始めた冒険は、世界一温かいハッピーエンドに辿り着いた。
さあ、次はどんな快適アイテムを作ろうか。
私の錬金術と愛は、まだまだ尽きそうにない。
(完)
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