魔石
世界が、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻し始めた頃だった。
各国で封鎖と管理が進められ、ダンジョンという未知の存在は「制御できない災害」から、「危険だが研究対象」へと扱いが変わりつつあった。
そんな中、アメリカ合衆国が異例の形で、全世界に向けた公式発表を行う。
舞台はワシントン。
国防総省とエネルギー省、医療研究機関が同席する合同会見だった。
――ダンジョン内部から採取された特定の物質について、新たな性質が確認された。
発表された映像には、無機質な研究室と、透明な水槽が映し出されていた。
水槽の中には、ダンジョン内部で確認されている、異様なほど澄んだ水。そして、その底に沈められた、親指ほどの白い石。
「通称、“白い魔石”と呼称しています」
研究員の一人が、淡々と説明を続ける。
白い魔石は、特定の魔物を解体した際にのみ確認される。
通常の鉱石とは異なり、内部構造は未解明。放射線でも電磁波でも説明がつかない反応を示す。
だが――問題は、その後だった。
白い魔石をダンジョン内部の水、もしくは同等の性質を持つ水に沈め、四十八時間以上静置すると、周囲の水が変質する。
「人体への投与実験は、厳重な管理下で行われました」
スライドが切り替わる。
そこに映されたのは、負傷した実験動物の回復過程。
骨折、裂傷、内出血。
通常なら数週間を要する治癒が、明らかに短縮されていた。
「自然治癒能力の、およそ二倍」
会場がざわめく。
劇的な再生ではない。
欠損した部位が生えることもない。
だが、確実に“治る速度”が上がっている。
「我々はこれを、回復薬と呼ぶつもりはありません」
研究責任者は、言葉を選びながら続けた。
「これは魔法ではない。奇跡でもない。
しかし、現代医療と併用することで、医療現場に革命をもたらす可能性があります」
同時に、注意喚起もなされた。
白い魔石は自然生成物ではない。
魔物を解体しなければ得られず、安定供給の見込みは立っていない。
さらに、生成された水の保存性、長期使用による影響も未確認だ。
――つまり、金になるが、誰でも扱えるものではない。
この発表は、即座に世界中へ波及した。
医療機関。
製薬会社。
軍需産業。
そして、ダンジョンに関わる全ての組織。
特に日本では、このニュースが重く受け止められていた。
厚生労働省の会議室では、深夜にも関わらず、官僚たちが集められていた。
「自然治癒が二倍……使い方次第では、救える命が確実に増える」
「だが、入手方法が問題だ。
魔物の解体が前提となる以上、誰にやらせる?」
「軍か? それとも民間か?」
沈黙が落ちる。
ダンジョンは、まだ完全に制御された存在ではない。
だが、白い魔石は“利用する価値がある危険”として、はっきりと姿を現した。
この日を境に、世界は一つの認識を共有することになる。
――ダンジョンは、もはや無視できない。
――そして、その中には、金と命の両方が眠っている。
静かに、しかし確実に。
人類は、次の段階へ足を踏み入れ始めていた。




