女神
それは、前触れなく始まった。
世界中の通信機器――
テレビ、スマートフォン、街頭ビジョン、軍のモニター、衛星回線。
ありとあらゆる「画面」が、同時に同じ映像を映し出した。
白一色の空間。
その中心に、玉座のような椅子があり、そこに一人の女が腰掛けている。
長い金髪。
退屈そうに頬杖をつき、だがその瞳だけは異様に澄んでいた。
「やっと見てくれた?」
女は、まるで個人配信でも始めたかのように、軽い口調でそう言った。
「はじめまして、地球の皆さん。
私は“女神”。あなたたちの言葉で言うなら、管理者、かな?」
ざわめきが、世界中で起きる。
だが通信は切れない。遮断もできない。
「安心して。今日は宣戦布告じゃないわ」
女神はそう言って、指を鳴らした。
映像が切り替わる。
そこには、異世界の戦場が映っていた。
燃え落ちる城。
崩壊した軍勢。
そして、その中心に立つ――一人の男。
血一つ付いていない剣を肩に担ぎ、敵だったはずの魔王の首が、足元に転がっている。
「私が召喚した勇者よ」
女神は、心底誇らしそうに笑った。
「剣と魔法を極めた世界で、無双中。
……正直、ちょっと強くしすぎたかしら?」
次の瞬間、映像は再び女神に戻る。
「で、ね。思ったの」
彼女は身を乗り出す。
「この子だけ強いの、ズルくない?」
沈黙。
「だから、地球にも用意したの。
ダンジョン」
その言葉と同時に、各地のダンジョン映像が一瞬だけ重なる。
「ルールは簡単。
この勇者より、ダンジョン攻略が遅れたら――」
女神は、楽しそうに微笑んだ。
「その世界、いらないわ」
一拍。
「安心して。
まだ“猶予期間”だから」
彼女は指を立てる。
「あなたたちは、まだ本気を出していない。
軍が封鎖して、怖がって、様子を見てるだけ」
女神の目が、冷たく細められる。
「でもね。
それじゃ勝てない」
そして、最後にこう告げた。
「剣と魔法の勇者。
科学と知恵の地球」
「さあ、どっちが強いか――
比べてみましょう?」
配信は、そこで唐突に終わった。
⸻
日本・内閣府地下会議室
沈黙が続いていた。
誰も、すぐに口を開けなかった。
やがて、一人の官僚が、重く息を吐く。
「……脅し、ですね」
「ええ。
ですが――」
別の男が、資料を机に置く。
「同時に、挑発でもある」
モニターには、ダンジョン映像と、勇者の戦果が並べられている。
「軍だけでは足りない。
しかし、民間に丸投げもできない」
「資格制度は?」
「もっと厳しくする。
だが――」
男は一瞬、言葉を切った。
「“見せる”ことは、止められません」
放送、記録、配信。
恐怖と同時に、金と注目が生まれる。
「……覚悟を決める時期か」
誰かが、静かにそう言った。
地上では、人々が画面を見つめていた。
そして、まだ誰も知らない。
この先――
ダンジョンが、食卓に並ぶ日が来ることを。




