世界の変貌
ダンジョン出現から、およそ半年。
世界は未だ、その正体を理解できずにいた。
最初の判断は、どの国も似たり寄ったりだった。
――封鎖。
軍による完全管理。
民間人の立ち入りは禁止。
その判断が誤りだったと、多くの国が気づき始めていた。
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「……次の映像を」
アメリカ国防総省地下、非公開会議室。
大型モニターに映し出されたのは、あるダンジョン周辺の衛星映像だった。
「インド、ムンバイ郊外。
封鎖開始から八か月。
魔物の活動量が、想定値を大きく超えています」
軍服の男が淡々と報告する。
「封鎖しているはずだろう」
「はい。しかし――」
映像が切り替わる。
封鎖ラインの外側。
軍のチェックポイントのさらに外で、魔物が出現していた。
ざわつく会議室。
「内部圧力です」
「内部?」
「ダンジョン内部で増え続けた魔物が、外へ溢れ始めています。
いわゆる――スタンピードの前兆です」
「馬鹿な……封鎖すれば安全になるはずだった」
誰かが呟いた。
「理屈の上では、そうでした」
「だが現実は違った、と」
アメリカ軍の将官が、重く息を吐く。
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「封鎖が、逆に圧力を溜め込んだ」
「ええ。
魔物は減らない。
人も入らない。
結果、内部が飽和した」
「……他国は?」
「フィリピン。
こちらは、すでに一部が制御不能です」
画面が切り替わる。
市街地に近い場所で、軍と魔物が衝突する映像。
「山岳部にダンジョンが出現。
地形的に完全封鎖が不可能。
住民の避難も間に合っていません」
「軍の戦力は?」
「消耗しています。
補給も追いつかない」
沈黙が落ちた。
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「……インドは?」
別の声が問いかける。
「インドは――少し違います」
報告官が言葉を選ぶ。
「封鎖はしていますが、完全ではありません。
現地政府は、半ば黙認しています」
「黙認?」
「現地の民間人が、ダンジョン周辺で活動しています。
荷運び、回収、護衛――
非公式ですが、経済が生まれ始めている」
「正気か?」
「彼らはこう言っています。
『封鎖して何も得られないより、使った方がいい』と」
会議室がざわめく。
「危険すぎる」
「ええ。しかし――」
報告官は次の資料を表示した。
「インド政府の内部資料です。
魔物討伐後に残る物質――
通称“魔石”と呼ばれるものから、未知のエネルギー反応が確認されています」
「兵器か?」
「いえ。まだ不明です。
発電でも、燃料でもない。
ただ、明確に“力”を持っている」
「使えるのか?」
「まだ誰も分かりません。
ですが、インドは“使える前提”で動いています」
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「つまり――」
将官が低く言った。
「軍だけでは、ダンジョンを管理できない」
「はい」
「封鎖すればするほど、リスクが溜まる」
「はい」
「……民間に開放するしかない、と?」
その言葉に、誰もすぐには答えなかった。
⸻
「軍は戦うための組織です」
別の将官が口を開く。
「継続的に管理し、減らし、回し続けるには向いていない」
「だが、民間に任せれば混乱する」
「それでも――」
報告官が静かに言った。
「すでに、世界は混乱しています」
モニターには、各国のダンジョン分布図。
封鎖に成功している国は、もはや少数派だった。
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「結論を言え」
「はい」
報告官は背筋を伸ばした。
「ダンジョンは、
“閉じ込める対象”ではなく、
“向き合い続ける対象”です」
「軍単独管理は失敗」
「今後は――
民間参加、段階的開放、国際ルールの整備が不可欠です」
誰も反論しなかった。
それは、敗北宣言に等しかった。
⸻
こうして世界は気づき始める。
ダンジョンは、
恐怖でも、希望でもなく――
逃げられない現実なのだと。
そして、
この“現実”を
最初に「利用できる」と理解した国が、
次の時代を握ることになる。




