とある冒険者2
若者はダンジョンに入ると、まずドローンを上げた。
高度は三メートルほど。広さと地形、それから戻るための通路を軽く確認する。必要なのはそれだけで、長く飛ばすつもりはない。
「音、入ってますか?」
ドローンの羽音に、自分の声が重なる。すぐにコメントが流れ始めた。
――入ってる
――今日も軽装だな
――飯は?
「持ってません」
あっさり答えると、少し間を置いて付け足す。
「いつも通りです」
ドローンを降ろし、岩壁の出っ張りに固定する。画角は広めで、自分が画面の端に収まる程度。それでいい。見せたいのは顔じゃなく、やっていることだ。
バックパックを下ろすと、中身はすぐに分かる。水と火器、ナイフと簡易鍋。それだけだ。保存食は最初から入れていない。
「今日はここで泊まる予定はありません」
――帰れる想定か?
「帰れなかったら、その時に食べます」
コメントがざわつくのを横目に、若者は索敵に向かった。戦闘そのものは映さない。ドローンは固定したまま、音だけが配信に残る。金属がぶつかる音と、短い呼吸。それから、画面の端で何かが倒れる影。
しばらくして、若者は何事もなかったように戻ってきた。
「火、起こします」
そう言いながら、ダンジョン用の小型バーナーを置き、点火する。一定の音が続く。その様子は、キャンプ動画とほとんど変わらない。
ナイフで処理をするが、手元は画面の外だ。全部を見せるつもりはなかった。
「一応、火は通します」
――生でいけ
――本当に食うのか?
「今日はやめときます」
焼ける音と、脂の匂いが立つ。若者は一瞬だけ目を細めた。
「毒性は問題ありません」
――どうやって調べた?
「資料です」
それ以上は答えない。
一口食べて、ゆっくり噛む。咀嚼の間、コメントが止まった。
「まずくはないですね」
――うまい?
「普通です」
残りは鍋に入れて、水を足す。保存する気はない。食べ終えたら立ち上がり、道具を手早く片付ける。
「今日は、ここまで」
ドローンを回収し、配信を切る直前に一言だけ残した。
「食料、持ってこなくて正解でした」




