冒険者
ダンジョンに足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
湿っていて、冷たく、わずかに金属臭が混じっている。
「……本当に、来ちまったな」
45歳。独身。貯金は心許なく、将来の保証もない。
だが、白い魔石一個が数十万――その一文が、彼の背中をここまで押してきた。
講習で叩き込まれた通り、足元を確認しながら進む。
照明代わりのランタンが、岩壁をぼんやりと照らした、その時だった。
ぬるり、と音がした。
床の陰から、半透明の塊が現れる。
拳ほどの大きさ。水袋のように揺れ、内部で何かが脈打っている。
「……スライム、か」
講習では“最弱クラス”と説明された魔物。
だが、実物を前にすると、背中に嫌な汗がにじむ。
剣を構える手が、わずかに震えた。
相手は生き物だ。ゲームじゃない。
スライムがこちらに近づく。
遅い。だが、確実に距離を詰めてくる。
「……落ち着け」
一歩踏み込み、剣を振る。
刃は確かに命中した――はずだった。
ぶにゅ、と嫌な感触。
刃が沈み、絡め取られる。
「え……?」
次の瞬間、強い引力。
足を取られ、体勢が崩れた。
――しまった。
講習で聞いた言葉が、遅れて脳裏をよぎる。
スライムの内部は消化液。防具越しでも危険。
彼は必死に剣を引き抜こうとした。
その時だった。




