「妹を虐げる悪女」と「姉に怯える可憐な妹」? 残念、それは我が公爵家の“喧嘩するほど仲が良い”平常運転です。~部外者は家庭の事情に首を突っ込まないでいただけます?~
ローゼンバーグ公爵家には、二人の有名な令嬢がいる。
姉のヴァネッサ(18歳)。
黒髪に切れ長の瞳、氷のような美貌を持つ才女。完璧主義で口が悪く、社交界では「氷の悪女」と恐れられている。
妹のココ(17歳)。
金髪の巻き毛に垂れ目、綿菓子のような愛らしさを持つ美少女。甘え上手で計算高く、社交界では「天使(中身は小悪魔)」と囁かれている。
二人の仲は、ハッキリ言って悪い。
性格、趣味、好みのタイプ、全てが正反対。顔を合わせれば皮肉の応酬だ。
「……何そのドレス。フリフリすぎて目が痛いわ。歩く生クリームかしら?」
「お姉様こそ、全身黒ずくめで魔女みたい。カラスとお友達になれそうですわね?」
屋敷の廊下ですれ違いざま、二人は火花を散らす。
けれど、二人は互いを心底嫌っているわけではない。
ヴァネッサはココの「領地経営に関する天才的な計算能力」を認めているし、ココはヴァネッサの「完璧な根回しと危機管理能力」を信頼している。
そして何より、両親を含めた「ローゼンバーグ家」というチームを、二人とも何よりも大切にしていた。
――気に入らないけど、身内。
――ムカつくけど、他人よりはマシ。
そんな微妙かつ強固なバランスで成り立っていた姉妹関係に、空気の読めない隕石が落ちてきたのは、学園の卒業パーティーのことだった。
煌びやかなシャンデリアの下、卒業パーティーは佳境を迎えていた。
姉のヴァネッサは壁際で扇子片手に人間観察(という名の品定め)をし、妹のココは男子生徒たちに囲まれて愛想を振りまいていた。
その時、ファンファーレと共に、第二王子・ジェラルドが高らかに声を上げた。
「そこまでだ! 稀代の悪女、ヴァネッサ・ローゼンバーグ!」
音楽が止まり、注目が集まる。
ジェラルド王子は、正義感に酔いしれた顔でヴァネッサを指差した。
「貴様が、妹のココ嬢に対して行ってきた数々の虐待、もはや看過できん! よって、この場で貴様を断罪し、国外追放を言い渡す!」
会場がざわめく。
ヴァネッサは眉一つ動かさず、扇子をパチリと閉じた。
「……虐待? 何のお話でしょう、殿下」
「しらばっくれるな! ココ嬢、怖がらなくていい。僕がついてる!」
ジェラルド王子は、人混みからココを手招きした。
ココは「えっ、何この茶番?」という顔を一瞬したが、すぐに「怯える妹」の仮面を被り、おずおずと前に出た。
(……はぁ。面倒なことになったわね)
(……お姉様、さっさと片付けてくださいまし。私、あのフルーツタルト食べたいんですけど)
二人は視線だけで会話を交わす。
しかし、王子はそれを「姉に脅されて怯える妹」と解釈したらしい。
「見ろ、この怯えようを! 僕は知っているんだぞ。貴様がココ嬢のドレスを引き裂き、宿題を押し付け、さらには食事まで取り上げていることを!」
王子が得意げに提示した「証拠」に、会場から非難の声が上がる。
「なんて酷い姉だ」「やはり噂は本当だったんだ」
ヴァネッサはため息をついた。
ココは引きつった笑顔を扇子で隠した。
王子は勝ち誇ったように続ける。
「先月のお茶会で、ココ嬢のドレスの裾が破れていた! あれは貴様が嫉妬して切り刻んだのだろう!」
ヴァネッサが冷ややかに答える。
「……あれは、このバカ……いえ、ココが庭で転んで裾を踏んづけたのです。私がその場で応急処置の縫製魔法をかけたから、パーティに間に合ったのですが?」
「嘘をつくな! 魔法で縫った跡があったのは、破れた証拠だ!」
「ですから、私が縫ったと言っているのです」
王子は聞く耳を持たない。
「さらに! ココ嬢は夜な夜な、貴様の学院の課題をやらされていたそうだな! 姉の権力で妹をこき使うなど言語道断!」
これにはココが口を挟みそうになったが、ヴァネッサが目で制する。
(事実は?)
(……お姉様が苦手な数学の統計課題、私がやる代わりに、私の苦手な歴史のレポートをやってもらいましたわ。ただの『バーター取引』です)
そう。二人はお互いの欠点を補うために、宿題を交換していただけだ。
ヴァネッサは淡々と言う。
「それは効率化のための業務提携です。強要ではありません」
「黙れ! 極めつけはこれだ!」
王子は、一枚の写真(魔法写真)を取り出した。
そこには、食堂でココの皿に乗っていた肉料理を、ヴァネッサが自分の皿に移している様子が写っていた。
「見ろ! 妹の食事を奪う、卑しい食い意地! 育ち盛りの妹になんてことを!」
会場中がドン引きする。「食事まで……」「鬼だわ」
これには、さすがのヴァネッサもこめかみに青筋を浮かべた。
ココも、扇子の下で真顔になった。
(……あのさぁ、この男、何にもわかってないわね)
(ええ。お姉様、私が脂っこいお肉が苦手で、逆に赤身肉が好きなお姉様が交換してくれただけですのに)
(しかも、代わりにあんたの嫌いなピーマン、私が全部食べてあげたじゃない)
二人の間には、長年の「好き嫌い交換協定」があったのだ。
それを「虐待」呼ばわりされるのは、家族の食卓への冒涜である。
ジェラルド王子は、ココの肩を抱こうと手を伸ばした。
「ココ嬢、もう安心だ。こんな悪女とは縁を切り、僕の側室におなり。僕が守ってあげるよ」
その手がココに触れる直前。
バシッ!!
鋭い音が響いた。
ココが、王子の手を自分の扇子で叩き落としたのだ。
「……は?」
王子が目を白黒させる。
ココは、「可憐な妹」の仮面を脱ぎ捨て、冷ややかな瞳で王子を見上げた。その目は、姉のヴァネッサそっくりだった。
「気安く触らないでくださる? 脂性が移りますわ」
「え、ココ嬢……?」
「それと、訂正させていただきますけど」
ココはヴァネッサの隣に並び立ち、腕を組んだ。
「お姉様は性格がキツくて、口が悪くて、可愛げのカケラもない『氷の魔女』ですけど、私を虐めたことは一度もなくてよ?」
「そ、そうだよな! 脅されているんだな!?」
「いいえ?」
今度はヴァネッサが一歩前に出た。その全身から、本物の氷のような威圧感が放たれる。
「私の妹は、性格が悪くて、計算高くて、ぶりっ子の『腹黒タヌキ』ですけれど、誰かに守ってもらわないと生きていけないほど弱くはありませんわ。特に、殿下のような『調査能力皆無の節穴』にはね」
姉妹は顔を見合わせ、フンと鼻を鳴らした。
そして、二人同時に王子を睨みつけた。
「「私たちの喧嘩に、部外者が勝手に首を突っ込まないでいただけます?」」
声が綺麗にハモった。
会場の空気が凍りつく。
「だ、だって、証拠が……」
「証拠?」
ヴァネッサが扇子を開く。
「ドレスの件は、我が家の家政婦に聞けば分かります。宿題の件は、筆跡鑑定をすれば私の歴史レポートがココの字でないことなど明白。食事の件に至っては、私が代わりに食べたピーマンの皿が写真に写っていないのがおかしいですわね」
ココが続ける。
「大体、私が本当にお姉様に虐められていたら、とっくにお父様に言いつけて、お姉様の小遣いを減らしていただいてますわ。我が家のパパは、私に激甘なんですもの」
そう、ローゼンバーグ公爵は親バカで有名だ。姉妹仲が悪くても、家族仲は良好。虐待などあろうものなら、公爵が黙っていない。
「そ、そんな……僕は君を助けようと……」
王子が後ずさる。
ヴァネッサは冷たく言い放った。
「貴方のその『正義感ごっこ』のせいで、我が家の名誉は傷つけられました。……父、ローゼンバーグ公爵と、法務大臣である叔父が黙っているでしょうか?」
「ひぃッ!」
ココが可愛らしく(しかし目は笑わずに)小首を傾げる。
「慰謝料、弾んでくださいませ? 私、限定の新作ジュエリーが欲しかったんですの」
その後、ジェラルド王子は「事実無根の罪で公爵令嬢を断罪しようとした」として、1ヶ月の謹慎処分となった。
「部外者が証拠無く家庭の事情に首を突っ込むな」という教訓を残して。
そして、ローゼンバーグ家の馬車の中。
「あーあ、疲れた。お姉様のせいで変な男に絡まれたわ」
ココが不機嫌そうにクッションを抱く。
「なんですって? あんたが隙だらけの顔で愛想を振りまくからでしょう。自意識過剰な男ホイホイね」
ヴァネッサが呆れたように本を開く。
「むー! お姉様なんて、一生独身で研究室に篭ってればいいのよ!」
「あら、あんたこそ、その性格の悪さがバレて婚約破棄されないように気をつけることね」
ふん! と互いにそっぽを向く。
しかし、その直後。
「……でも、さっきの『節穴』ってセリフ、ちょっとスッとしたわ」
ココがボソッと言う。
「……あんたの『脂性が移る』も、なかなか切れ味鋭かったわよ」
ヴァネッサも口元を緩める。
馬車の中に、一瞬だけ穏やかな沈黙が流れた。
性格は合わない。趣味も合わない。
でも、敵が来れば背中を預けられる、世界で一番厄介で、頼りになる他人。
「帰ったら、お父様に報告ね」
「ええ。慰謝料で巻き上げたお金で、美味しいケーキでも食べましょう」
「半分こよ。私はイチゴをもらうわ」
「じゃあ私はスポンジを多くもらうわ」
凸と凹。水と油。
相容れないけれど、噛み合う二人。
ローゼンバーグ家の姉妹は、今日も元気に、仲良く喧嘩をしている。




