24. 過去と未来-そして
やがて、電車は静かに減速し、ひとつの駅に滑り込んだ。
金属が擦れる低い音とともに、ドアが開く。
僕と紬は、ほとんど同時に顔を上げた。
ホームから乗り込んできたのは、白い巫女服を身にまとった女性だった。
長く結った髪、落ち着いた足取り。
その姿は、どこか懐かしく、けれど確かに“大人”だった。
――命。
そう思った瞬間、口からこぼれた名前は、別のものだった。
「白石さん」
「ほのかちゃん」
蓮と紬、二人の声が重なる。
呼ばれた彼女は一瞬驚いたように目を瞬かせ、それからゆっくりと頷いた。
柔らかな微笑みが、昔と変わらない。
「うん。二人とも……元気そうでよかった」
その声は、確かに白石ほのかのものだった。
紬が一歩、前に出るようにして言った。
「ほのかちゃんが……ずっと命の中で、見てくれてたんだよね?」
白石ほのか――いや、白石ほのかでもあり、柚葉命でもある彼女は、静かに頷いた。
「うん。
私ね、あの交通事故のとき、この電車に乗ったんだ」
電車の揺れと重なるように、彼女の声が続く。
「この電車に乗って、たくさん思い出した。
二人のこと、三人で過ごした時間のこと。
それで……生まれ変わり、って言うのかな。
気づいたら、命として生きてた」
少し照れたように、彼女は笑った。
「二人みたいに、輝いてみたかったんだと思う。
あの頃、眩しいって思った気持ちのまま」
僕は胸の奥が、じんと熱くなるのを感じた。
「そっか……
ずっと、僕たちを護ってくれてたんだね」
言葉を選びながら、続ける。
「ありがとう、白石……
いや、今は……命、かな」
そして、ずっと胸に引っかかっていた疑問を、そっと投げかけた。
「それじゃあ、この電車は……やっぱり、そういうことなんだよね?」
彼女は、首を横に振った。
「ううん。
私の場合は、たまたま運よく輪廻転生できただけ」
その目が、まっすぐに僕たちを見据える。
「二人がどうなるかは、わからない。
でもね……二人なら、大丈夫だよ」
声が、少し震えた。
「だって、私の心を救ってくれた人たちだもん。
困難から逃げずに、向き合って、乗り越えて。
それに……」
一瞬、言葉を詰まらせてから、はっきりと言った。
「私の、大切なパパとママだもん」
その瞳に、涙が浮かんでいた。
紬は何も言わず、ただ涙をこぼしていた。
きっと、どこかでわかっていたのだろう。
それでも、娘の口から聞く言葉は、胸に深く沁みた。
三人で、しばらく他愛のない話をした。
笑って、頷いて、昔話をして。
気づけば、車窓の景色は、ずっと変わらなかった水平線を離れ、
夕方の赤に染まり始めていた。
その光を見つめながら、命が言った。
「……もう、そろそろ時間だね」
彼女は立ち上がり、静かに続ける。
「私が見送れるのは、ここまで。
この先は……二人だけの旅だから」
ドアが開く。
命はホームに足を下ろし、振り返った。
「親友でいてくれて、ありがとう。
パパ、ママでいてくれて……ありがとう。
大好きだよ」
その言葉を最後に、ドアは無情にも閉じられた。
きっと、ぎりぎりまで話してくれていたのだろう。
別れは、確かに寂しかった。
けれど、それ以上に、胸の奥には満ち足りた何かがあった。
電車は再び走り出し、やがて夜が訪れた。
僕と紬は手をつないだまま、肩を寄せ合って座っている。
怖くないと言えば、嘘になる。
それでも、不安はなかった。
「ねえ、蓮」
紬が囁く。
「もし、生まれ変わっても……私は、蓮と一緒がいい」
「僕もだよ、紬。
たとえ離れても、必ず君を探す」
そう言葉を交わしながら、
二人は深く、深く、眠りに落ちていった。
――やがて、光が訪れる、その時まで。
* * *
「おぎゃあ……おぎゃあ……」
新しい世界に、産声が響き渡る。
看護師が赤子を優しく抱き上げ、穏やかな声で告げた。
「産まれましたよ。
とても元気な赤ちゃんです」
以上で「ゆめでんしゃ」完結となります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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今後とも時の凛をよろしくお願い致します。




