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ゆめでんしゃ  作者: 時の凛


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20/24

20. 二人の道-3

春の風が頬を撫でていく。

改札を抜け、観覧車の輪郭が見えたとき、紬がふっと笑った。


「ねえ、蓮。二人で来たの、久しぶりだね。」

「うん。高校生以来だね。」


彼女はいつもより少し気合を入れていた。

淡いベージュのワンピースに白いカーディガン。

陽に透ける髪がきらめいて、頬の白さをより際立たせていた。

薄く色づいた唇が春の花びらのようで、蓮は一瞬、見惚れてしまっていた。


遊園地に足を踏み入れると、子どもたちの笑い声が弾むように響く。

綿あめの甘い匂い、油の焦げる香り。

それらが入り混じる空気の中で、蓮はふと昔の記憶を思い出した。


――まだ二人が小学生だったころ。

家族ぐるみで来た遊園地。

あのときは紬が「早く早く」と言いながら、蓮の手を引いて走っていた。

あれから何年経ったのだろう。

今は蓮の方から手を伸ばしている。


「……手、つなごっか」


恥ずかしそうに発したその言葉が風に混じって消えそうになる。

紬は照れたようにうなずき、そっと手を取った。

指先が触れた瞬間、互いの体温が伝わる。

どちらの手も少し湿っていた。

緊張と照れくささが混ざったような、やさしい汗だった。


「最初、何乗る?」

「うーん……メリーゴーランド!」


少し子どもっぽい。けれど紬らしい。

昔から最初はいつもそれだった。


くるくると回る馬にまたがり、風を切る。

上下に揺れながら、紬の髪がふわりと舞う。

金の飾りが光を跳ね返し、まるで夢の中のようだった。

彼女が振り向いて笑う。

その笑顔は、かつてのあの夏とまったく同じだった。

蓮の胸の奥で、何かが静かに鳴った。


次に向かったのはバイキングだった。

「行こうよ!」と腕を引かれ、渋々列に並ぶ。


蓮は、こういう上下に大きく揺れる系統が苦手だ。

船が最初に小さく揺れはじめたときから、顔が引きつっていた。

角度が増すたびに身体が宙に浮き、重力が裏返る。

最後に跳ね上がったときには、彼の手は完全に力を失い、

降りる頃には膝が笑っていた。


「だ、大丈夫?」

「……産まれたての子鹿って、こんな感じかも…。」


紬は口を押えて笑いをこらえきれない。

その笑顔を見て、蓮も苦笑した。


けれど紬の次の言葉に、彼の顔は再び青ざめる。


「じゃあ、次はジェットコースターね!」

「……いや、無理。あれは本気で死ぬやつだって。」

「だいじょうぶ。死なないよ、ほら、行こ?」


有無を言わせぬ調子で手を引かれる。

それは、かつての紬そのものだった。

結局、いつも彼女の笑顔に抗えない。


安全バーが下りた瞬間、逃げ道はなくなった。

「……紬、頼む。手…離すなよ。」

「うん、離さない。」


カタカタと音を立てて上がっていく。

高くなるにつれて、空が近づく。

街が小さくなり、風が冷たくなった。

頂上で一瞬止まる。

遠くの山の稜線がくっきりと浮かんでいる。


紬が呟く。

「蓮。いつもありがとう。」


次の瞬間、落ちた。


風が裂ける音。

涙が風圧で飛び散る。

紬の笑い声が、歓声と混ざって遠く響く。


地上に戻ったとき、蓮は完全に魂が抜けたようだった。

足元がふらつき、金属の手すりに掴まる。

紬はその様子を見て笑い転げている。


「もう、笑うなよ……」

「だって、すごい顔してたもん。」


ようやく呼吸を整え、二人は近くの売店に腰を下ろした。

焼きそばを買い、紙皿の上から湯気が立ちのぼる。


「絶叫系のアトラクションは、もう終わりだからな。」

蓮は少しむくれた声で言う。

その表情を見て、紬は箸を止めた。


「ほんとは、楽しかったでしょ?」

「……まあ、ちょっとだけ。紬と一緒だったから。」


紬はにこりと笑い、

「でしょ」と言って焼きそばを一口食べた。


二人の間を、春の風が通り抜ける。

紙コップの水面が小さく揺れ、

遠くで観覧車の回転音が聞こえる。


昼下がりの光が、二人の顔をやさしく照らしていた。

その光の中で、紬の横顔は少し儚げで、

それでも確かに“生きている”と感じられた。


蓮はふと、思った。

今日という日が、彼女の心の中の何かを取り戻す一歩であればいい。

それだけで、充分だった。


焼きそばの湯気がゆっくり消えていく。

その様子を眺めながら、蓮は静かに息をついた。

どこかで鐘が鳴り、午後の陽射しが傾きはじめていた。

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