15. 少年の記憶-√B
※√BはIFルートです。
IFルートは一部に、精神的なご負担を感じる可能性のある描写が含まれております。
内容にご不安のある方は、この話は無理せず読み飛ばしていただくようお願い申し上げます。
「紬は僕の大切な幼馴染だ。」
白石さんは、しばらく黙って僕の顔を見つめ、それからふっと笑った。
「そっか。なら、私も一緒に探すよ」
あまりに自然な声だった。
僕は戸惑いながらも頷き、二人で校舎を出た。
朝の光が廊下を斜めに照らしていた。
ガラス窓に映る二人分の影が、重なったり離れたりしながら伸びていく。
白石さんは何も言わなかった。僕も何を言えばいいのか分からなかった。
部活の更衣室を見た。人気のない体育館の隅も覗いた。
図書室――昨日の夕暮れの記憶が、胸の奥を鈍く刺した。
しかしそこにも紬はいなかった。
最後に辿り着いたのは、保健室だった。
扉を開けると、白い光が目に差し込んだ。
カーテンが風に揺れ、薄い布越しにベッドの影が見えた。
そこに、紬がいた。
ベッドに腰かけ、外の空をぼんやりと眺めていた。
淡い光に包まれた横顔は、どこか現実感がなかった。
僕が来たことに気づくと、紬は一瞬だけ笑った。
けれどすぐに、その表情は曇った。
「えっと……蓮と……白石さん……?」
声が震えていた。
僕は急いで言葉を探す。
「紬、大丈夫?」
「うん……大丈夫、ありがとう」
紬はそう言って笑った。
けれどその笑顔は、まるで紙で作られたように薄かった。
目の奥に、何かが沈んでいる。
その沈黙を破ったのは、白石さんだった。
「紬ちゃん、具合悪いの?」
「ちょっとね。ところで、なんで白石さんがいるの?」
その問いは、かすかに刺のある声音だった。
白石さんは少しだけ首を傾げ、そして微笑んだ。
「それはね……蓮くんと付き合っているからよ」
言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。
何かの冗談だと思った。
だが白石さんの瞳は、笑っていなかった。
「え……何を言っているの……?」
紬の声が震えた。
僕は思わず口を開いた。
「白石さん、僕と君は――」
言い終える前に、白石さんの指が僕の唇をそっと塞いだ。
「だって、蓮くん。フリーなんでしょ?もうクラスで付き合ってるって噂されてるし」
世界が遠ざかっていくようだった。
誰かの悪い冗談の中に迷い込んだみたいだった。
紬は唇を震わせ、乾いた笑いを浮かべた。
「へぇ……そうなんだ。お似合いじゃん。幸せになれよってね」
その声は、笑っているのに泣いているようだった。
「何言ってんだよ、紬。僕は――」
「二人とも、心配してくれてありがとう。少し横になるから……授業、戻りなよ」
そう僕の言葉を遮って紬は布団をかぶり、背を向けた。
その背中は小さく、遠かった。
僕はどうすることもできず、保健室を出た。
廊下を歩くたび、足音がやけに重く響いた。
白石さんは何も言わなかった。ただ、隣で静かに歩いていた。
いや、言っていたのかもしれない。
しかし、僕には一切届かなかった。
教室に戻ると、ざわめきが僕を包んだ。
「白石さんと付き合ってるんだって?」
「朝のHR前だって一緒に抜け出して……熱々じゃん?」
誰かが笑った。
笑い声が、遠くで割れるガラスの音のように耳に刺さった。
否定しようとしても、口が動かなかった。
あの保健室での出来事が、まるで夢の続きを現実が引き継いでいるようで、息が詰まった。
――僕の好きな人は、紬のはずなのに。
どうしてこんなことになっているんだろう。
その日の授業は、ほとんど何も頭に入らなかった。
ノートの線の上にペンを滑らせながら、ただ、さっきの紬の顔が焼きついて離れなかった。
昼頃、廊下がざわつき始めた。
何人かの先生が走っていく。
「救急車呼んで!」
誰かの叫び声が響いた。
教室の空気が、瞬く間に凍りついた。
ざわめきが波のように広がる。
窓の外、校舎の裏手に人だかりが見えた。
僕は立ち上がった。
心臓の鼓動が速くなる。
何かを直感した。
けれど、その「何か」を認めたくなかった。
廊下に出た瞬間、女子の悲鳴が聞こえた。
先生の制止も耳に入らないまま、足が勝手に動いた。
視界の端に、赤いものが揺れた。
その中心に、誰かが横たわっていた。
――紬だった。
時間が止まった。
風の音も、人の声も、すべてが遠ざかっていく。
足が震えた。膝が崩れた。
白い布が、彼女の身体を覆った。
その布の端から、見覚えのある髪の先が覗いていた。
誰かが泣いていた。
誰かが名前を呼んでいた。
けれど、その声は自分のものなのか他人のものなのか、もう分からなかった。
胸の奥に穴が空いたようだった。
そこから何か大切なものが、静かに流れ出していく感覚だけがあった。
「……なんで」
崩れ落ちる僕の体を白石さんが後ろから支えた。
言葉は風に溶け、消えた。
空はどこまでも青く澄んでいた。
まるで何事もなかったかのように、雲が流れていた。
僕の世界だけが、止まっていた。




