黄金の歌劇と夜の帳
その舞台の空気は大会というには厳粛な雰囲気に満ちており、観客さえもこの最後の試合だけは緊張した面持ちで見つめていた。なぜなら、この都市にとって勝者とは不朽の栄光を刻むに値する存在だからだ。
どんな酒飲みであっても、この国で生きたものならその名をいたずらに扱ったりはしない。そして、何よりも国王の視線が注がれた舞台では萎縮しないという方が無理だろう。
その舞台で一人の黒い服を着た男が一振りの剣を地面に突き立て、選手を待ち構えている。
「まもなく今年の勝者が決まる──見届けるのはこのクレイトスが行おう。これは神聖な決闘であり、黄金の栄光へと向かう唯一の道である。さあ、二人とも舞台へと進め。勝利とは何かを、この試合で証明してみせろ」
シグルドは暗がりから白昼へと足を踏み出す。そこに至る道は今までと異なり冷たさを感じさせた。見定められるかのように、光の下で英雄は舞台へと足を踏み入れたのだ。
彼と同じように選ばれた戦士が隣で顔を見合わせる。しかし、どこかおかしな雰囲気を持っている。顔は仮面で覆われていたが、それすら覆い隠せない異様な気配と視線。まるで狩りを行う獣のようにだらりと腕を下げながらも、その手にある鋭利な斧は血に飢えた獣のようにギラつかせている。
合図など、この男の前では檻から解き放たれたようなものだったのだろう。開始の瞬間から変則的な挙動で肉薄してきた。シグルドは向かってくる相手を躱すが、相手は突撃してから間を置かずにすぐ方向転換して襲いかかる。
シグルドの表情が歪んだ。試合というには殺気が凄まじ過ぎるのだ。思考よりも体の方が勝手に反応して反撃を加えている。未だに優勢だが、全く消耗がないというわけでもない。むしろ、絶え間ない殺意が何処までも喉元を貫いている。油断すれば一撃で噛み切られるだろう。
周囲はその異常事態に気付いていない。或いは気にしていないのだろう。この国最強の戦士にして、将である男が審判をしているのだから。その男が黙認きている限り、この戦いは終わらない。
(どうやら、聞いた話よりも複雑な事情がありそうだね)
どちらにしろ、自身の命を救うのは自分しかいないとシグルドは迷いを捨てた。相手は獣のように俊敏で、隙がない。攻撃をしても簡単に回避して隙を突いてくるだろう。
(命の危機? 何度も乗り越えてきた……)
シグルドは真っ直ぐに剣を構える。ちょうど直線上に二人は並んだ。本来なら一息の刹那すらありそうな場面で、二人は時間を置き去りにして接近した。最初に仕掛けたのはシグルドだ。振り下ろした一撃は当たらず、隙だらけの側面から斧が強襲する。喉元を切り裂く一撃は、横から脇腹を狙った蹴りによって払われる。男がシグルドを見れば既に目の前まで接近きていた。果たして躱す余裕などあるのだろうか。一発、その軽そうな腹に強烈な一撃が放たれる。相手が握っていた斧を衝撃から滑り落とした。そんな合間すらも二撃目、三撃目が繰り出される。
なぜシグルドがいきなり攻勢へと出られたのか。それは剣を放り捨てて、迫りくる相手にカウンターを決めたからだ。確実な一撃で相手に一撃を加える。吹き飛んだ相手は仰向けに倒れたまま動かない。
「そこまでだ──さあ皆の新たな勝者を称えてくれ。その者は迫りくる凶刃に剣を捨て拳で立ち向かった。その名はシグルド、その武勇は永遠に刻まれるに値すると」
今まで静かだった闘技場に大きな歓声が巻き起こる。人々は新たな勝者を祝い、その鮮血を瞳に収めた。




