世界への反逆
アーシャはその訴えに応えるつもりはなかった。愉快ではあるが、それは彼女にとって価値はない。
データの彼女と今の彼女は別物で、多くの歳月を経た彼女にとっては風が葉をそよぐようなものだ。
ただ、少し考えた素振りを見せた後、表情も変えずに羽でヴィネを圧迫し始めた。
ばちばちと音を立てて、ヴィネを構成する回路が弾けていく。
しかし、それを眺めていた視線は何かに気づいて後ろに向いた。
「……どうしたの? 君には次の準備をしとけって言ってたつもりだけど」
ゆらゆらと宙を舞う帽子からぽんっと音を立てて道化が現れる。後から落下した帽子を掴んで、主教であるアーシャに目を眇める。
「私の仕事は別に構わないのでしょう? ミュリア様を捧げて、少なくともあの神は暫く私たちの存在に関心を払うでしょう」
アーシャは眉を顰めて道化に詰め寄った。
「それを決めるのは君じゃない。君は千年や万年寿命が延びて満足するの? しないよね、僕は言ったはずだよ。刻印なんてもの、いくら刻んだところで世界を少し安定させる保護膜にしかならない。それとも、僕に逆らうつもり?」
いえいえ、と道化は首を振った。
「少なくとも、私にはそこまでの感覚が分かりませんが、あなたからしたら1日よりも短いでしょうから。ただ……」
道化が首を傾けると、先ほどあった位置にナイフが飛んできた。アーシャはそれを目の前で止めた。
「……もう一度聞くよ? 君は逆らうつもりなの?」
「もう一度言いましょう。“私”はいつも通り何もしませんよ」
アーシャの周囲を静寂の白砂から炎が噴き出す焦土へと姿を変えていく。
「へぇ、凄いね」
「人間は千年万年もあれば進化する、貴方が理解できないはずもないですよね?」
道化は残された切れ目から外へと逃げ、この場にいるのは偽の神と一人となった。
「さて、全力をやっと出す気になったのかい? 英雄」
そこにいた彼は、何処までも冷たい瞳をして神に刃を向けた。
「ここにはもう、守るべきものは何もない。神が絶対だというのなら、全てを燃やし尽くして……」
その周囲から生まれる爆発的なエネルギーは、ずっと抑えていた熱を発散させるように立ち昇る。
「世界に癒えない業火を刻もう」




