一方その頃 その3
視点:ナディア
青い空に雲がたなびいてぽかぽか暖かな日差しが降り注いでいる。手のひらを晒して遊べば、漫然として穏やかな午後を過ごせる。
果物の甘い匂いが漂ってきて、フルーツティーを片手に目の前にあるお菓子を好きなだけ頬張れるのなら、それ以上に幸せなことなんてあんまりないだろう。
「ちょっと、いつまでぼーっとしてるの?」
呆れたように王女様はこちらを見つめる。
そんなことを気にする気力もなくて、ぬるくなっていくカップの温度を確かめていた。
「もうっ、そんなに気が削がれてるのを見ると、せっかく用意したお茶会もつまらなくなっちゃうでしょ」
彼女は気を落ち着かせるようにティーカップを口元で傾けた。
せっかくなので、キラキラと輝く宝石みたいなお菓子を片手で摘む。光で透かしてみれば、その跡に模様ができる。それは手で掴めない虚像だとしても、目は自然と追いかけてしまう。
「……こほん」
さすがに見かねたのか、彼女はあたしの注意を引こうとした。
「そこまで形式に拘らなくてもいいんじゃない? 王族ってのは面倒だよね、レテラ」
レテラは少し眉を潜めたが、表には出さずにティーカップを置いた。
「これでも、特使として派遣されてるの。仕事なんだから。ついでに好きにしていいとは言われたけどね……でも、貴方がそうなるなんて意外ね」
「……」
確かに、前に比べれば情に弱くなった。
昔はどこにだって行けたし、どこへども行けた。
けれど、今は寂しさで満ちている。それはどこにいても振りほどけないほどに。
「あたしだって、こんなふうにしたくてしてるわけじゃない。でも、健気な二人が一番代償を背負わされるなんて……そんなの残酷じゃない?」
世の中の理不尽さは身に染みている。だから、こんなものは世界の何処かにある日常の一幕と何ら変わりはない。今まではそう思っていたし、今でもそう思う。
「二人とも……こういうのはあれだけど、他人のために生きられる人間だから、そんな人たちだから、どーしてあたしじゃないんだろうなって」
あたしは一人でも生きていける。捨てられたって、別に心は痛まない。ただ、やっぱりそうだったんだと納得するだけだから。
「他人のために自分を犠牲にするなんて……本当にバカなことだと思うし、誰も死なないようにって荒唐無稽な願いだと思った。でも、ミュリアならって思っちゃったんだよね」
不思議な説得力があった。打算じゃない、心からの願いがあった。そして、そのためなら代価を惜しまない意志があった……そして、それに賭けてみたいと思ってしまった。
きっと、代価なく頼まれることに慣れてないせいだ。
「ただ生きることなんて、それ以上に簡単で思ったより難しいことなんてない。だから、後悔しないように生きたいって思っちゃったんだ。そうすれば、あたしはあたしを認められる」
深く暗いところまで潜った思考から戻って、フルーツティーを一口飲む。さっぱりとして、口当たりがいい。
「それで、シグルド様の様子に見て、居た堪れなくなったと?」
「……」
ほっと一息を吐く。
「別に、あいつのことが気にかかるってわけじゃない。ただ、装ってるにしても中身が見えなくて怖いんだ。合流してきたエリンは気がついてないみたいだけど、シグルドは自責から完璧に振る舞ってる。表面上はやるべきことが見えてるって思うかもしれない。……でも、何となく伝わってくるそれは、必死に自身を駆り立ててるようにしか見えないよ」
なんとなく、出会ったときからシグルドの本質には気づいていた。あれは修羅の道であっても足を踏み入れる類の人間だ。自分が傷つくことには何も感じない。むしろ、それが当然であるかのように振る舞う。その危うさを自覚しないで。
「なるほど、おっかないわね」
「そんな他人事みたいに言わないでよ。対岸の火事みたいに……フィオルナのやつが羨ましいよ。あんなにばっさばっさと割り切れるなら、こんなに苦労しないのに」
「まあ、姉様は姉様だから。合理的過ぎるところが玉に瑕というか、愛嬌と呼べるんじゃない?」
「それ、本気で言ってる?」
なんだかんだで、お金だけの付き合いじゃなくて、ただこんな時にも喋り相手がいることに感謝した。




