弔鐘者とレクイエムを 全てが結実し
炎と影がぶつかり合い、凄まじい衝撃波が周囲に広がる。
ジェイスは周囲へと被害が及ばないように溢れ出す霧の密度を制御して、あえて周囲の空間を歪ませることで被害を最小限に留めていた。
エリンが視線を隣にいるミュリアへと向ける。
彼女は戦いが始まった瞬間から、怪物を形作る一部の怨念を浄化していた。
怪物の中にまだ残された悔恨、迷い、苦しみ、痛みの記憶を覗き込み、それらの繋がりを少しずつ切り離す。
傷跡を慰め、愛をもってそれらが迎えた苦難の孤独を抱擁する。
(……それは棘だらけの茨に手を突っ込むようなもの。少しでも挫けてしまえば、発狂させてもおかしくないのに)
怪物はそんな人生の果てを歩んだ学者たちの成れ果てなのだから。
エリンの役割は怪物の存在を固定化させ続けること。加えて、怪物の構成する一部をミュリアへと繋げること。
だから、エリンにも直接ではないとはいえ多少の残滓は流れてくる。
例えば、研究の果てに何も認められるものが残らなかった者、狂気的に真理を求め続けて非人道的な実験を行い処断された者、終わりのない真理の探求に何もかもを捨て疲れた者など、それらアウルバスが生み出した罪が記憶へと還元されることなく呪いとして蝕んで来たものが。
(……)
エリンはそれらに対して何の感慨も抱くつもりはなかった。
彼らには他の道はなかったのかもしれない。けれど、それは崇高な理念であると同時に自らが真理を解き明かせると考えた傲慢なのだ。
エリンの一族には歌や踊りの中に文化がある。その中に秘められた神秘によって恩寵を賜り、それらの秘術を修めたものを賢者とした。
けれど、かつては栄えた一族も、今ではひっそりと伝承を受け継ぎながら消滅していく文化を見送ることしかできない。
(一番凄かったじい様ももういない)
今回の災害ははるか昔から一族と因縁のあるものだった。かつての人々は解決方法もなく、誰かを生贄とすることで生活を守ってきた。
しかし、その伝承は消えてしまった。そうすることで、アウルバスに蓄えられたものが発展と人口の増加に合わせて強大なものとなった。
それらを鎮める手段は昔の方法に頼るしかない。
(そう考えていたんだけど)
結局はミュリアの提案に乗ることにした。
(うちは死にに行く覚悟があるタイプでもないから)
それでも、このアウルバスという場所を見捨てることができない。
(もしこの故郷を失ってしまったら、うちらは一体何者なんだろう?)
散り散りになれば、伝統の中身は徐々に失われていく。中身が抜け落ちた空虚な殻だけが残る。それを一族のみんなに強いることはどうしてもできなかった。
(……これがうちの弱さなんだろうね)
決断に踏み切ったミュリアを思い出すと、やはりリーダーには向いてないと理解できる。
(じい様がいれば……)
あの偉大な大賢者なら全てを解決する方法を選べたのかもしれない。
そう思ったとき、一つの声が繋がりを伝って流れ込んできた。
『……あの子に全てを背負わせてしまったこと、それだけが心残りだ』
驚いてそのありかを探ろうとしたが、それは微かな光のように空気に溶けて消えてしまった。
後悔などあるはずがないと思っていた。
そう思っていた背中が少し近くに見えた。
それと同時に、ミュリアはあまりにも長い記憶の世界を乗り越えて、最後の怨念に潜んでいた未練を分離した。
「これでもう、後戻りはできないわね」
ジェイスの作り上げた空間の歪みを打ち壊して、シグルドが凄まじい勢いで外へ飛び出す。
それを追うようにゆっくりと、怪物は霧に隠された姿を現した。
それに影のような禍々しい雰囲気はない。
けれど、こちらから見つめるだけで得体のしれない感覚が襲ってきた。
ただ、その目は周囲など眼中になく、ただ上だけを見つめていた。
人としての迷いはなく、ただ知的探求のみを追い求める存在。
最も純粋に、神に近い存在へと昇華した存在。
人為によって作られた神──偽神へと。




