弔鐘者とレクイエムを 鎮まる烈火の中で
ヴィネによって遠くに吹き飛ばされた怪物は視線をゆっくりとこちらに向けた。無数の影の手を放って、直線状を飲み込もうとする。
シグルドは正面から剣を振り、それを弾いた。
金属を擦る音が響き、まるで波のように剣に対して抵抗が伝わる。
しかし、シグルドが一歩踏み込むと、それは斜めにそれていった。
怪物はただ真っ直ぐにシグルドを見ている。
嫌な予感がして咄嗟に躱すと、そらした影の手が空中で捻じ曲がって、シグルドの立っていた場所を抉っていた。
一つ一つを、この怪物は生まれ落ちた瞬間から学習をしている。それらかつて真理を求めるものだった本能だろうか。
攻め手が直球なものから、徐々に裏をかこうとしてきた。
そうしてシグルドに集中している隙に、ヴィネが強烈な一撃で妨害する。
人を超えた怪物であっても、その“理解”に負荷をかけられれば動きは稚拙なものとなる。
とはいえ、この調子ならすぐに適応してくるだろう。
そんな事を考えながら、シグルドは作戦を思い出していた。
ミュリアは全員の前で一つの提案をした。
「怨念たちに形を与える?」
その疑問にミュリアは頷いた。
「そう。今は水のように捉えどころのないものだけど、それに核を与えられれば一つの存在にできる。それは学者たちの数多の後悔と抗えない知識欲を具現化して、無差別な災害よりも意識を持ってコントロールできる怪物まで墜ちるわ」
全員がとてつもない計画に呆気に取られる。
怪物をこちらの手で生み出し、それを倒す。
それはおそらく前人未到の試みだった。
「エリンの方法はあれらの怨念を防ぐ防波堤として、眠りに落とすための容器になる方法。でも、それは眠りに落とすだけでいつかは目を覚ましてしまうし、エリンには長い苦痛を伴わせるものになってしまう」
エリンは飲み込んだ情報を整理して、問題点を口にした。
「その作戦で行くとして……でも、水は容器に入れない限り形を保てないよ」
「そう、だからエリンにはあの怪物の生命線をあえて維持してほしいの。そして私は相手の力を削ぐわ。この作戦は相手を長く拘束することにかかってる。だから、シグルドお願いできる?」
ミュリアの目にはシグルドに対する強い信頼が宿っていた。
「僕は構わないが……やはり僕でも、その存在にとどめを刺すのは難しそうか?」
ミュリアは眉を下げて申し訳なさそうに見つめた。
「スラファトでも似たようなことがあったわね。でも、あれはまだ実る前の果実だとしたら、今回は既に熟した果実の中で芽生えようと待つ種子よ。アウルバスという土地に根付いて災厄という形で力を振りまき、それを拡散しようとする。たぶん、あなたの刃は届くけど……それは最終手段にさせて。あなたの本気の戦いには誰もついていけないでしょう? 結局、もしもの時はあなた頼りになってしまうけど」
「……そうだな、どれほど被害が出るかは想像もつかない」
シグルドは自らの刻印を見つめて、今なお沸々と湧き上がる力の奔流を感じた。
そのままひとまず会議が終わりそうになったときに、ナディアが口を挟んだ。
「ちょっと待って」
「ナディア、どうしたの?」
ミュリアが驚いた表情でナディアを見つめる。
「……あたしに先方をさせてもらえない?」
その声は少し無理をして出したのか、どこか硬い雰囲気がある。
「あたしって、こういう探り合いに強いタイプだからさ。あんたらに死なれたら、色々とぱーだし。まだ生まれたばっかの赤ん坊ぐらいなら、あたしでも時間をつぶさせることができる。引き際も心得てる。簡単には死なないよ」
普段の気楽な感じを捨てて、言葉はいつもを装っていても真剣な表情だった。
「分かったわ。ナディア、お願いね」
「任せてって。あたしは仕事で失敗したことないから」
怪物を長く観察できたことで、大体の方向性は把握できた。
怪物の攻撃を誘いながら、段階的に刻んで学ばせる。
目の前にいるのがチャンバラの好きな子供であれば可愛げがあるかもしれないが、残念なことに目の前にいるのは妄念に囚われた怪物だ。一つ一つが命を刈り取ろうという意思を持って迫りくる。
冷たい刃が徐々に喉元へと突きつけられるように。
シグルドは時折、外に視線を向けながら怪物の動きを封殺していた。




