弔鐘者とレクイエムを くるくると回る金貨に
視点:ナディア
それは誕生したとき、不気味なほど静かだった。
或いは、こっちの事なんて眼中にすらないのかもしれない。
だからこそ、気を引く必要がある。相手が予想外の行動をしないように。
あたしが最初の刃だ。
なんの警戒もなく、隙だらけの背後からナイフを振る。でも、それは見る価値がなかったからかもしれない。
瞬時に姿を消したそれは、あたしの喉にめがけて手刀で貫いた。
あたしはふっと笑って、二人目のあたしが斬りかかる。
怪物は今度、あたしの首を掴もうと手を伸ばした。
「でも、捕まえらんないよ〜」
その手は空を貫き、その背中にはナイフが突き立てられている。
「駄目だね、あたしじゃ気を引くので精一杯だ」
(もっと、あたしを見ろ)
次のナイフを取り出して、それを怪物に投げつける。でも、それは敵の腕を擦り抜けて胸に突き刺さる。
けど、残念なことに痛みも感じないらしい。
(化け物めっ……どーして、あたしはこんな奴らを相手することになんのかな)
どうやら理解が追いつかず、怪物は何度もナイフに刺された胸部に触れた。やはり、学者気質というべきか一度気になったことに夢中らしい。
「さあ、見るも不思議なマジックショー。ぜひ、楽しんでね」
怪物はいつの間にか背後に回って、あたしの胸を貫いた。
けど、本物のあたしはそこにはいない。
「騙されてやーんの。もっと真面目に学びなよ〜。スラム育ちの悪知恵ってやつを見せてやるからさぁっ!」
(といっても、二度も三度も通じなさそー)
いくらからかっても挑発されたような反応はない。あまりにも混ざった存在だからだろう。何をするか、という目的意識が混線している。だから、あたしを積極的に排除しない。ただ、“理解”しようとする。
(……うっ、こんなに震えるのは久々だ。でも、あたしが時間を稼がないと。一番安全な先方にさせてもらったんだから)
視線が怖いと感じるのはいつぶりだろう。タネが一度バレたら、トリックは意味をなさない。何より、直接狙ってこなくなれば逆に命取りになる。
『そんな覚悟で、どうして戦場に踏み込んだの?』
耳元で誰かが囁く。
(耳を貸すな、ただの幻影だ……)
怪物は立て続けにあたしを狙って攻撃を仕掛けてきた。今回はあえて何もせずに避ける。
こんな序盤に“漂客”の能力をバラさせるわけにもいかない。
けれど、あたしの意識は徐々にそちらへと逸らされていく。
『随分と絆されたみたいじゃん。野良猫だって言ってたのに』
(うるさいっ、黙って!)
怪物が地面から腕を呼び出してあたしを絡め取ろうとする。空中に逃げたところを一本の手が貫くが、それもそこになかったかのように消えていく。
『“家”を見つけちゃったの? 帰るべき“家”を』
その声はなおも語りかける。その声は霧に隠れたように漠然としながらも響く。そしてそれは、誰よりも知っている声だ。
(そんなんじゃない。あたしはっ──)
『いったいいつまで偽りに隠れるつもりなの? 自分の命が第一、その二は利益のあんたが、なら、どうして今命を張ってるわけ?』
視界が霧に覆われる。
かろうじて、怪物の姿は見えるものの、その声は次第に鮮明となっていく。
『あたしに嘘は通じないよ、あたしはあんただ。自分に隠し事なんて、できるわけないでしょ?』
一撃があたしの体を吹き飛ばした。地面を転がり、全身を打った痛みが体を襲う。
「いたっ…」
涙が出てくる。痛いのは嫌い。頭がぐらぐらする。
一歩、一歩と相手の足音が聞こえてくる。
足が動かなければ、力も意味をなさない。
『あーあ、見捨てればよかったのに。そうすればこんな目に遭うこともなかったし、願ってやまない穏やかな午後を昼寝をして過ごすこともできた』
「……っ」
怪物に左に転がったと“見せて”右へと転がる。
敵の凶刃から回避はできたが、もうタネが割れてしまった。
もうこんなまやかしは通用しない。
『そうすれば、一日でも長く生きられた。違う?』
「違う!」
ふらふらとする足で立ち上がって、無様に転がって敵の攻撃を回避しながら、怪物に無数のあたしの分身を見せて四方八方へと散る。
一つ、一つ、分身は潰されて、また新しい分身を見せて……
ついに、全てを薙ぎ払うように一面を影が覆った。
「はぁ…はぁ…」
あたしは“観測されない”ようにあいつの視界から見えないように隠れた。
(どっちかしか選べない? そんなの信じない。あたしは強欲な商人だよ。どっちも選ぶに決まってる!)
陰から覗き見ると、怪物はこのあたり全域に影を巡らせた。
(来たっ……)
あたしはあいつから“見えない”だけ。だから、じっくりと誘ってた。でも、全方位に探知を広げられたら逃れられない。
怪物の虚ろな目がこちらを捉えた。
「ひっ──」
呼吸の隙もなかった。迫りくる魔の手に何とか逃れようとするが、足が影に絡め取られた。
ドスッ──
それは何かが腹にめり込んだ音かもしれない。
あたしは閉じていた目をそっと開く。
機械の腕が怪物の腹を捻じ曲げて、吹き飛ばした。
「間に合いましたね──無事ですか?」
「無事なわけないでしょ……」
口からじわじわと血の味が染みる。
命を張った甲斐はあっただろうか。
「すまない、こんな危険な役を引き受けさせて」
シグルドがあたしの肩を軽く叩いた。
「なに退場みたいなこと言ってんの。あたしが引っ張らせた情報有効活用しなよね」
「さて、第2ラウンドだ」




