弔鐘者とレクイエムを その5
一日を明けて、エリンは久しぶりにぐっすりと眠った。
いつもなら、朝でも夜でも研究や探索を続けて空いた時間に寝るような不定期な生活をしていた。彼女の祖父がいなくなってからこんなことはなかった。
窓を開けば朝日が差し込み、遠くで霧にぼやけた学術院の尖塔が見える。昨日よりも濃くなっているようだ。
「……」
玄関の扉を開くと、そこにはある少女が待っていた。
「少しいいかしら?」
「ミュリア、だっけ。ナディアとヴィネの仲間の……何か用があるの?」
彼女は微笑んでいるが、何を考えているのか読み取れない。掴み所がないというか、表面上は単純そうに見えてもその中には何かがあると直感が訴えた。
「ほら、昨日のことがあって一日は休日にするって言ってたでしょ? だから、少し聞きたいと思ってね。時間をもらってもいいかしら」
「別にいいけど」
普段から整えている応接間に案内すると、彼女は興味深そうに部屋を見回した。お茶を差し出すと、感謝を述べて受け取る。彼女の前にいると、まるでこちらが秘密を隠しているかのような雰囲気になる。
「……」
彼女はじっとこちらを見つめる。様子をうかがうように。
「聞きに来たんでしょ。遠慮せずに聞けばいいじゃん」
「ほら、あなたが意外にも受け入れてるように見えたから。この先に待っているのは永遠の孤独かもしれない。あの場所に一度行ったから分かるけど、それでも自分を犠牲にするの?」
「説得しに来たんだ……でも、それは受け入れられないよ」
どうして? と彼女は首を傾げた。
自分の握ったカップをなぞりながら、彼女にその答えを教える。
「まず、教団の預言は覆らない。たぶん、どんな方法をとっても誰かが犠牲になるってこと」
「未来が分かっていれば、事前に防げないのかしら?」
「少なくとも、教団はこの件に関しては誠実だったよ。それに、……未来が分かっていたとしても防げないことなんていくらでもある。例えば、火山が噴火するとか山火事だって同じ。どれも自然的で、不意に訪れるから逃げるしかないんじゃないかな」
それは自然の摂理であって、人の手で容易に逆らえるものじゃない。それは諦観によるものではなく、ただ純然たる事実として、その選択を選ばなければならない。
それを一人の犠牲で支払えるのなら、価値としては十分なものだろう。
「うちからすれば、旅人のあなたの方が不自然だと思うよ。どうしてそこまで一生懸命になってるの?」
閉じ込められていた頃ならともかくとして、旅人ならすぐにでもここから離れることができる。でも、ここに住む人はこの土地を簡単には離れられない。学術院には一部は救出できたものの、一部の人はまだ霧の中に閉じ込められたまま。ここから打てる有効打も少ない。たった一つの決断で全てが覆るのなら、躊躇う必要はない。
そして、それが仮にも族長としての務めでもある。
「それは誰かが危ういと知りながら、それを見て見ぬふりなんて選びたくないから。あなたにはヴィネが世話になったみたいだし、そういう意味でも恩はあるの」
「そんなの理由にならない。別に、あなたたちが何をしても好きにしていいけど、邪魔だけはしないで。これはうちだけの問題じゃない。一人で良かった犠牲を増やしたくもない」
普段から人と密接にかかわることはなかった。好きなことだけを追いかけて、好きなことだけを知った。でも、それは子供の間だけ。
父も母も早くに亡くなって、家族といえるのは祖父だけだった。祖父は偉大で多くの伝説と知識を残したけど、それを継承できたのはうちだけ。
一族は徐々に縮小し、遠い未来では誰も伝承を知る人はいなくなっているだろう。けれど、まだ今は彼らには居場所が必要だ。その後に、記憶の中に消えてなくなるとしても。
「でも、生きている限り結末は分からない」
ミュリアは胸に手を当てて、困ったように眉を下げた。
「説得できるとは思ってはいなかったわ。でも、あなたの決意を知りたかった。そうでなければどうなるにせよ、あまりに身勝手でしょう?」
「まあ、まだ当日じゃなくてよかったって思うよ」
彼女は窓の外を見つめる。
「避けられない試練を前に、何の対価もなく乗り越えられるなんて楽観は私にだってできない。それに、あなたが守ろうとしてる物の価値を私が決めつけられもしない。決めつけてしまったら結局あなたを否定することにもなる」
彼女が向き直る頃には再び笑みを称えていた。
「それで、どうするつもりなの?」
「この先がすでに決められているのなら、魔法にでも頼るしかない」
「魔法?」
そう呟いても、彼女は口元に手を当てるだけだった。
「ええ、誰も傷つかない結末へと到れるのなら魔法でしょ♪」




