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偽神〜every night Memories〜  作者: 徘徊猫
第二章 幻影たちの白昼夢

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旅の目的を

眩い光から目を閉じたあと、再び開けるとそこにはある少女が鈴をくくりつけた杖を片手に三人を覗き込んでいた。

「やっほー、天才少年。顔を合わせるのは初めてじゃないけど、こうやって話すのは初めてだね」

「エリン、か」

ジェイスは安堵の息を吐いた。窮地を脱出し、あの緊迫とした空気感とは違う安らかな森の静けさに心を休ませる。

周囲を見渡すと、多くの人が彼らを囲んでいた。

「そう、君の族長。といっても、学術院の賢者と一体どっちが上か分からないけどね」

「この座は元々お前のものだったはずだ。お前が辞退しなければ」


落ち着くと、後ろから会話が聞こえてきた。

シグルドに抱えられたままの姿で現れたことで目立っていた。

「あっ、ミュリア。面白い姿だ〜。あとでネタにさせてもらっちゃお」

「もうっ、笑わないで。でも、ナディアたちが無事でよかったわ」

「外にいたため無事だったのです──幸運だった、という他ないでしょう」


 一方で、シグルドは周囲の中に見知った顔を見て表情を変えた。

「お前はっ」

「そんな殺気を込めて見つめないでください」

道化は心外だというように肩を竦めた。

「彼の協力で、うちらはあなた達を見つけられたんだ」

「教団はいつだって、人の為にある組織ですから」

胡散臭い笑みを称えたまま一礼した。


そして、道化は一段落したのを見計らって中心に行って、全員の視線を集中させた。

「さて、皆様に聞いてもらおましょう。この事態を解決する方法は一つ。誰かが異界に赴いてその荒れ狂う過去の幻影たちの贄となること」

「信じられないな」

シグルドが疑いの目を向ける。

しかし、道化は首を振った。

「残念なことに、これは私ではなく学術院が出した結論。私にそんなこと分かるはずもないでしょう」

「彼の言葉に偽りがないことは私たちが保証しよう」

一人の老人とその周囲の人々が頷いた。


「この話には続きがあります。その贄はエリンさんの一族、中でも力に秀でたものが内側から外への扉を閉ざすこと」

その瞬間、周囲はざわざわと騒がしくなる。

「うん、うちらの秘術は記憶と密接に関係してるから、そういった手段は不可能じゃないよ。とはいえ、そういった使命は随分と前に伝統からも消えてしまったみたいだけど」



「それは応急処置じゃないのか? その秘術に一人を犠牲にして……それほどの価値があるのか?」

ジェイスは疑わしげな目つきで道化を見る。

「そうとも言えませんよ。少なくとも、あと数百年は保つのならば価値はあるでしょう。少なくとも、この意見にエリンさんは同意しました。私はこの結末を最後まで目撃しましょう」

道化の表情からは何を考えているのか伺いしれない。

ただ微笑と騒ぐ人々を背景としか捉えてないような瞳で。


ざわざわと騒ぎが大きくなる中でミュリアの声が響く。

「それで誰かを犠牲にすることで収まる結末なんて簡単に受け入れられるものじゃないって、あなたはわかってるわよね?」

ふむ、と道化は考えた様子を見せたあと口を開いた。

「一つ、口に出させていただきましょう」

その声音には若干の呆れが混ざっていた。

「ミュリアさん、あなたはいつから誰かを救うための旅を始めたのですか?」


それは疑問というよりも、訂正という形で指摘する。

「この旅は、本来あなたが自らを知るための旅のはずでしょう。それなのに、こんなにも脱線するとは……お人好しとは言いますが、そのために身を滅ぼそうとするのを“仲間”だから、などとは申しませんよね?」

道化はミュリアを囲う周囲に視線を向ける。

 「あなたの愛は確かに多くの者の傷を埋めました。けれど、その度に自らの時間を他者に捧げている」

「ちょっと、あんたに何がわかるっていうの?」

ナディアは苛立った声で詰め寄る。

道化は気に留めないようで、胸倉を掴まれても霧のように掴むことはできず、その手から逃れる。

 「あなたの秘密などすぐに解けるはずですよ。記憶の回廊を渡ったときには気づいていたはずだ。“記憶がない”という意味を」

 そのまま背後にある霧へと消えていった。

 まるで最初からその場にいなかったかのように消えて、言葉の残響だけがその場に残る。

 「お膳立てはここらへんにしておきましょう」

 それはモノローグのように一人で、淡々と語り始める。

 「真実とは時に無慈悲なもの、偽りが甘美であればあるほどその痛みは悲痛なものとなる」


しばらくして、エリンとジェイスは人の目がない場所まで歩いた。

「それで、どうするつもりだ?」

「どうって?」

「お前が犠牲になることはない。少なくとも、俺たちにそれを強制させる権利もないんだ」

その声には相手を憂う心が混じっていた。


「……知ってるでしょ。一族の長たるものが、重い責を担わなければならない。じいの死後、みんなは私を大事に育ててくれた。その恩を返すべきだよ」

 「学術院はお前を捨て駒としか見てなかったとしてもか?」

 「まあ、それは少し理不尽だけどじいが派手にしてたのを私が引き受けるだけだから」

 「……はぁ、親しくもないお前をそこまで引き止めるつもりはない。だが、生きることは諦めるな。鼓動が止まるまでは現世で再会できる」


 一方で、ミュリアは外で夜空を見上げていた。シグルドは静かに近づいて一緒に夜空を見上げた。

 「あいつのことは気にしなくていい。誰も、あの言葉を信じたりはしないさ」

 ミュリアは小さく息を吐いて、シグルドへと体を向ける。

 「実は……ね、気づいていたの」

 それは今まで隠してきたことを、秘めていたことを晒すように。

 冷たい空気の中に奇妙な温度が宿る。

 「……」

 「記憶がないっていうのは、つまり元々過去なんてものは存在していなかったってこと」

 この世界に彼女の痕跡すら最初からなかった。

 それはつまり、彼女にはこの世界で生きていた過去がないということ。

 「私はいつの間にかこの世界に存在して、この世界で生きてきた。けれど、同時に私はこの世界で異質な存在だった。家族や知人なんてどこにもいない。この世でたった一人。なら、この世界の人間でないとしたら、私は一体誰なんでしょうね」

 石でできた手すりを撫でる。この手すりですら、世界の何処かに存在し、掘り出され、加工されたという歴史があるのに、彼女は何処から生まれたのだろう。


 シグルドは遠い月を見上げる。

 「僕たちにだって自分が何者かなんて答えは分からないさ」

 果たしてその疑問は彼女だけのものなのだろうか。

 「真理が暗闇で明かりを探すのと同じで、英雄の道が果てのない試練へと続くように……」

 その身に刻んできた傷跡はこれからも増え続ける。

 しかし、この道を歩む意味はシグルドにも分からない。


 「けれど、僕たちの選択は変わらない。そうだろう?」

 誰かを見捨てるなんてことはできないと、ただその信念だけは揺らがない。

 その答えに、ふふ、とミュリアは笑う。

 「そう、どんなに曲がりくねった道のりであっても、きっと進み続けるわ。だから、ねえ相棒。一緒にこんな悲劇的な結末を書き換えましょう♪」


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