弔鐘者とレクイエムを その3
ジェイスは布に文字を刻み、必要な道具を製作していた。
その様子をシグルドは興味深そうに眺める。
「外に出なければ何も始まらないな」
「どうする?」
「記憶が空間を歪曲しているなら、記憶を操って安全な空間を確保できるはずだ。少なくとも、ここら一体は安定させることができれば多くの人々にとって逃げ場になれる」
シグルドは薄暗いながらも霧のない部屋を確認する。
この部屋にこれといって特徴はないが、壁に沿って棚がいくつも並べられており、アウルバス特有の開放感や暖かさのある建築とは違った趣がある。
「この空間も、そうやって生み出したのか?」
「いや、ここは……資料を保管するために特殊な術が施されているだけだ」
ジェイスが壁に手を触れると壁に刻まれた文字が光に包まれて浮き上がる。
「学術というものは誰かに役立つものとは限らない。特に、生命に触れるものや記憶、精神に関するものはなおさら。ここはそういうものを保管している」
「そんな部屋、普通は入れないんじゃ……」
「鍵は俺が持っている。とはいえ、ここにある真実もその探求も真っ当なものではないが」
棚を見つめるその目には冷たさが宿っていた。
「人は真実のために狂気に陥ることができる。そして、その多くは途上で終わりを迎えるんだ」
壁に沿って整然と並べられた棚の数を見る限り、ここにあるものが一部だとしてもその量は膨大なものになるだろう。
「なら、その研究成果を廃棄したほうが良いんじゃないか?」
「知恵というのは潔癖ではいられない。何が禁忌で、何が許されるのか。ルールを定めて、それを判断するには結局のところ綺麗事だけでは語れないんだ」
ジェイスは疲れたようにため息を吐く。
「とはいえ、必要なとき以外は触れようとは思わないが」
「……改めて、ここに連れてきてくれたことに感謝するよ」
「非常事態だからな。結局、人の命を見放したら本末転倒だ」
「それに、この部屋に入っただけで簡単に手に取れるものでもない。大事なものには鍵をかけるものだろう。そういうことだ」
ジェイスはさっきまで文字を刻んでいた筆を置いて、立ち上がる。
「準備はできた。危険な道になるだろうが、力を貸してくれ」




