幻想は霧を携えて その1
それはヴィネたちがエリンとともに儀式を行う前のこと。
ミュリアとシグルドは学術院の廊下を歩いていると、遠くから騒ぎの音が聞こえてきた。
二人はその音が聞こえてきた方向に躊躇うことなく進んだ。
「さっさと消えてくれ! お前のことなんて知らないっ……消えろ、消えてくれ」
「なんと酷い息子だ。親に対する態度か、それは?」
周囲の人々はそれを家族喧嘩だと思って去っていく。シグルドもそう判断したようで、隣を見ようとすると既にミュリアは二人へと駆け寄った。
「どうかしたの?」
ヒステリックに声を上げた男のほうに声をかけると、男はびくっと反応して手を振り払った。咄嗟にシグルドがミュリアを引き寄せてそれを躱させた。
男の異常な様子にミュリアはばくばくと鳴り響く心臓を鎮めて、ひとまず隣にいる老人へと話しかけることにした。
「こんにちわ、お爺さん。彼は一体どうしたの?」
しかし、お爺さんに反応はない。申し訳なさそうに、その老人に触れようとした瞬間──手がその体を擦り抜けた。
「きゃっ!?」
ミュリアは思わず声を上げて驚いてしまった。もう一度その姿をよく見てみると、その体を構成する一つ一つが微細な光の粒子によって構成されている。
「ねえ、シグルド……こんな人間っているのかしら?」
不安になってシグルドの顔を見上げると、信じられないものをみたかのような愕然とした表情をしていた。ミュリアの言葉に気づいていつも通りの表情を見せたが、心なしか悲痛な目をしている。
「よく分からないけれど、疲れたのなら別の場所で休みましょうか。私たちが疲れて、夢でも見てるのかもしれないし」
しかし、その言葉とは裏腹に未練なようなものが感じられる。まるで、その視線の先にあるものに釘付けにでもされたかのような。
「……」
シグルドはそれらを振り払うように深呼吸をした。
「そう、だね。ここを離れよう」
よく見ると冷や汗が滲んでいる。相当良くないものを見たようだが、ミュリアがそちらを確認しても何もない。ただ何故か周囲に霧が立ち込めてきた。
ミュリアは先頭でシグルドとともに階段を降りようとしたが、いくら走っても一番下まで降りられない。途中で標識を確認するとどれも同じ数字を示していた。
「3、3、3。実は3階は3つなければならないなんてことないわよね?」
もう一度降りようとしても3だった。ますます霧が濃くなり、じめっとした嫌な空気が辺りを包み込む。気が付けば、周囲には二人以外誰も見えない。
「一体どういうこと?」
ミュリアは以前に呼んだ怪談の話を思い返して、すぐに頭を振った。考えても、それは解決方法にも何にもならない。
「……ミュリア、階段から出るのが不可能なら窓から出よう」
「分かったわ。明らかに異常事態だもの」
手始めに窓を開けて、フィオルナから与えられた力で生み出したクリスタルの欠片を落としてみる。しかし、しばらく待っても反響は返ってこない。この空間は今や物音がしないほど静寂に包まれているというのに。
ふっと、霧に隠された廊下の奥から光が見えた。ミュリアはシグルドと目を合わせてそちらへと進んでいく。
すると、物陰から突然何かが飛び出して、ミュリアを庇ったシグルドの片手に巻き付いた。
しかし、シグルドはそれを利用して火を伝わせた。その火で敵を探ろうとしたが、相手は霧の中から出てきた。
その少年はローブを身にまとい、布に怪しげな文字を輝かせていた。
「……どうやら本物みたいだな。早く着いてこい。安全地帯まで案内してやる」




