過去に想いを寄せて その2
都市の郊外、木々が生い茂る場所へとエリンの案内に付いていくと、石造りの開けた場所に着いた。そこには動物の骨や地面に刻まれた模様などが妖精の明かりで照らされている。
しかし、おどろおどろしさや血生臭さといったものはない。ただ静かな空気と清らかな月光が中心から降りている。
「この秘術は周囲の妖精たちをあなたの記憶体として具現化して、過去の出来事を追憶するの」
「少し疑問なのですが、どうしてこのような儀式を私に? ──不合理な上、あなたに利益がないのでは」
「……うーん」
エリンは少し唸ったあと、言葉で輪郭を掴むように口にした。
「今は研究というより……」
その目は遠くに浮かぶ月を見つめる。
「たぶん、伝承が失われないように秘術を保全したいからかな。ついでに君の過去を思い出させてあげられるなら一石二鳥だと思うし」
そう結論付けた。
「とはいっても、全部爺さまの手技に頼ってるんだけどね。一族の儀式だとかはだいぶ前からひっそりとしたものになったし」
「どーしてそんなに自信なさげなのさ?」
ナディアはエリンの様子を見て、言葉を付け足した。
「その志は立派だよ。……少なくともそこいらのやつらに馬鹿にさせない」
あはは、とエリンは笑った。ナディア自身も普段と違うと感じたのか、口にしたことを後悔したように目を逸らした。
「ふと気づいて始めたことだからね。理由なんて忘れちゃった」
えへっ、と笑ったあと、ヴィネを月の光が降りている場所に呼んだ。
エリンは注意事項をつらつらと話し始めた。
「記憶っていうのは思い出せなくても、ずっとそばにある」
そういってナディアを指差した。
「もしかしたら記憶体が襲いかかってくることもあるかもしれないから気をつけて」
「自分が相手なのに? というか、あたしが対処するんだ……」
「君だって、自分の嫌いなところがごまんとあるでしょ。基本的に、同じ存在って相容れないんだよ。仲間なんだから、ちゃんと守ってあげなよ」
ナディアは仕方なさそうに護身用の武器を取り出した。
「なんで戦いなんてまともにしたことないのに、いつも正面から来るのかな」
「克服するか、受け入れるか。この秘術は秘術たらしめる由縁は別に隠してるからじゃない。それくらいの荒療治ってことを忘れないでね」
ふぅ、とエリンは深呼吸してヴィネ正面にいるを捉える。
「準備はいい?」
ヴィネは静かに頷いた。
「はい──お願いします」
エリンの下に妖精たちが集まり、その手元へと消えていく。
その光は静かに大地へと溶け込み、ヴィネを囲んだ。
エリンは祈るように口ずさむ。
「──湖面の上に月は白く、夜に浮かぶ
鹿の子よ、何処へゆく?
あの影にいるのは誰? 木々に隠れた
闇に紛れて狩りが始まる」
木々がざわめいて、びゅうびゅうと風が吹く。
カアカアと何処からかカラスの鳴き声も聞こえてきた。
「──笛が聞こえる、笛が聞こえる
月が道を照らしてくれる
木々が身を隠してくれる
崖を駆け抜けて秘密の場所へ」
その光に生物たちが目を向けた。隠されたほとりを見つけたように。
エリンは手を前に突き出し、取り出した刃物で指先から血を滴らせた。
その血の雫が地面へとぽとり、と落ちた瞬間に風が爆発的に生じて渦巻いた。
一節を口にしきって、呼吸を整える。
「すぅ……はぁ」
「──西へ東へ森は続く
蛍を追って未踏の奥まで
月を追う夢を見る
君はなぜ走る?
ぐるぐる巡って暗い森へ
光の幻影が故郷へと導く」
光の粒子が具現化し、その輪郭が鮮明になっていく。
その姿は紛れもなくヴィネに瓜二つ。空中に浮いていた光は地に足を下ろした。
「──見慣れない土地と構造物ですね。このような場所は見たことありません。けれど、貴方を見たときに私がここにいる理由を理解しました」
そういって彼女はお辞儀をした。
「初めまして、未来の私」
その瞳には好奇の色が宿っていた。




