帰路は何処へ その1
二人はエリンに連れられてひっそりとした通りにある一軒家に案内された。その家の中には様々な機材や設備が設置されているようで、ドアの外からでもぎこぎこと鳴っている。応接間に入ると棚には植物が飾ってあり、また幾つかの写真もあった。
二人は促されるままに椅子に座って、エリンから出されたお茶を飲んだ。
「最近は教団が幅を利かせてて面倒なんだよね、お陰で学術院にも顔を出すのが面倒で……」
「あんたの身の上話なんて興味ないんだけど」
不機嫌なナディアは話を遮る。
「というか、いきなり世間話?」
「ナディア、少し失礼ですよ」
ナディアはヴィネの話を聞かず、ふんと鼻を鳴らした。そして淹れられたお茶の独特な苦味から、さっとヴィネの前に置いた。
「じゃあ、君たちは妖精についてどれくらい知ってる?」
エリンは二人の顔に視線をめぐらせて、相手が知らない様子に満足したのか仰々しく説明し始めた。
「知らないみたいだね。うちが説明してあげよう」
ナディアは背もたれに体を預けて、大仰な態度で首を振った。直後に、ヴィネがナディアの姿勢を直すように無言の視線を向ける。仕方ない様子で少しだけ姿勢を直した。
「いつまで経っても本題が見えてこないんだけど。適当についてくるんじゃなかったかな」
しかし、そんなことはお構いなしにエリンは少し拗ねた様子を見せながらも、自らの調子で話し始めた。
「もー、ここからが大事なことなんだよ。妖精の生態って不思議なんだよ。それは実態ではなく、何処からか湧き上がったものなんだ。それは記憶。世界が記録し続けてきた残滓なんだ。ここまで言えば、説得できる?」
エリンはお願いっと手を合わせて頼んだ。
「二人には協力してほしいんだ。学術院の力を借りれないとなると人手が必要でね。二人にはいくらかのお金と実験結果の報酬を。どう?」
ちら、と様子を確認してくるエリンの圧に押される形でヴィネがナディアに視線を向ける。はぁ、とため息を吐いてナディアたちは契約した。
「とりま、学術院に行って名目上の許可をもらってこないと」
「実はちょうど、旅仲間が学術院にいるんです──合流を検討しますか?」
ヴィネの言葉にエリンは思い出すように顎に手を当てた。
「多分すれ違わないんじゃないかな、許可をもらう場所は本来立ち入れない場所だし」
そうして、エリンを先頭に学術院へと入ると周囲にいた人々から驚きの声が次々と上がってくるわ、
「おい、あれ見ろよ」「あの天才の孫娘よね?」「あいつ自身は奇才らしいが」
ざわざわとした喧騒をすり抜けて、エリンは堂々と受付で許可を済ませた。
「あんた、以外にすごいやつなんだね」
ナディアが感じたように口にすると、エリンは何てことないというように返した。
「すごいのはうちじゃなくて爺さまだよ。うちじゃない。みんな、そこんとこが分かんないんだよね」
その声には何処か冷めた響きがあった。
そうして学術院から出ようとすると、静寂にある学術院で騒ぎが聞こえてきた。
「ねえ、ちょっと見にいってあげてよ」
「あんたがやればいいんじゃないの?」
「ほら、あたしだと……あれだから。お金出したでしょ、お願い」
前回と同じように、エリンは手を合わせてお願い事を頼んだ。ナディアは少し呆れて、何も言わず騒ぎの方へと向かっていった。
騒ぎの方には二人の学生が数人に囲まれていた。
「どーしたの?」
「なんだあんた。お前には関係ないだろ」
囲んでいた中でリーダー的な男は邪魔そうにナディアを見た。
「いいから、教えてよ。こんなに目立つと色々とまずいんじゃないの? それをあたしのような第三者が関わってあげるってわけだからさ」
その視線をものともせず、ナディアは
「はぁ、別に大したことでもねぇけど、こいつらがぼぉっとして俺らのチームの課題を台無しにしやがったんだよ。これじゃ、単位も危うい。もう時間もねぇってのに」
「ほう、とにかくどうにかできればいいんだね。ちょっと見せて」
ナディアが確認すると、それは発表用の資料だった。
「ふうん、こんな感じなんだ。こういうのだったら、ちょっと貸して」
ナディアは男からペンを借りて、瞬く間に発表の内容を話す上で的確な資料を作成した。
「スゲェ! あんがとな!」
囲んでいた男たちはその場から去っていった。ついでに去っていこうとする二人をナディアは引き止めた。
「そこの二人、待ってくれる?」
びくっと反応し、おどおどとした様子で振り返る。
「金を払えってことですか?」
「いいよ、タダで。期待してないし」
はぁ、と今日で何度目かも分からないため息を吐いた。
「あたしは、あんたらみたいに学ぶ機会があるのにそれを放棄するやつが嫌いなんだよ」
この都市に来てからずっと思ってきたことを口にした。
「あんたらは恵まれてる、学ぶ機会すら与えられないやつだっているんだ」
それは過去の苦い記憶。かつては何かを得るために騙されてでもそれ以上の代価を払ってでも必死で生きるための術を得ていた。
しかし、二人は信憑性の高い知識を学べるにも関わらず。何処か機の抜けた表情でナディアを見ていた。ちっ、と舌打ちをして手で追い払った。
こんなことが八つ当たりでしかないとナディアは知っている。
けれど、心にある怒りをこの知恵と理性の国であっても切り捨てることをナディアにはできなかった。
騒ぎの方から帰ってきたナディアにエリンは少し思うところがあったのか、少し躊躇いがちに口を開いた。
「ナディア、君の言うことは一理あるとは思うよ。でも、学ぶ側がなぜそうなるのかってところが抜けてる。もしかしたら、ここにいることも本意じゃないかもしれないよ」
まだ気が立って仕方がないのか、ナディアは鋭い視線でエリンを射抜いた。その声は少しだけ普段より抑えていた。
「あいつの擁護でもするつもり?」
「そうじゃないよ。別に気にしてないもん。ただ一部には、そういうものを背負うことから逃げたい人もいるってだけ」
「あんたが?」
驚いた様子でナディアは疑問を口に出した。
「うちじゃないよ。でも、そういう人はたくさん見てきた。だから、うちの一族はこうなるまで衰退したんだ。原住民なのに、もうここにはほとんど残ってない。それくらい伝承ってものはそこまで気楽なものじゃないの。それは大地に根付くことと同じくらい、その土地の人々と深く結び付いているんだよ」
エリンの語る様子は何処か遠くを見つめながら、その現状に対して仕方がないと諦観がこもっていた。
「……そう、別にそういうつもりで言ったわけじゃないけど、気にとどめておくよ」
「おっ、今度はうちの話をちゃんと聞いてくれたね」
いつもの調子でエリンは笑った。
「はいはい、悪いと思ってる。最初にあんたに酷い態度をとったこととか。これから挽回するから、許してくれる?」
エリンはすかさず手を差し出した。ナディアは少し恥ずかしそうに目を伏せながらも、その手を握った。
その光景を周囲で見ていたヴィネは胸を撫で下ろした。




