過去に想いを寄せて
一夜明けたあと、四人は酒場で朝食のついでに今後の方針について会議をすることにした。
朝の雰囲気は夜と違ってさすがに酒飲みの姿は見られない。けれど、テーブルの上に並べられた皿から湯気が広がり、鉄板の上に置かれたパンケーキの上から流れるバター、添えられた野菜の彩り、小麦の美味しそうな匂いが漂ってくる。ちなみに、ヴィネは一応食事をエネルギーへと変換できるため、控えめながらも同じように皿が並べられている。
食事が終わり、ヴィネが率先して皿の片付けを手伝ったあとに早速ミュリアが中心の席で会議を始めた。
「みんな、これからの行動方針を決めましょう? 人も増えてきたからそれぞれが勝手に、なんて動いたら魅力的な場所に足を止められて連絡が取れなくなってしまうかもしれないもの」
ひとまず考えられる候補地を共有して、適当に用意した紙にまとめた。
「まずは学術院に行って色々と調べてみたいの。あたしのこととか、特にヴィネ、あなたのことに詳しい専門家がもしかしたらいるのかもしれない」
「そうですね、それが良いと判断します」
この都市に来た目的はミュリアの出自に関して有力な手がかりを得るために来た。そしてヴィネに関しても、同じようなものがあれば過去を取り戻すことに役立つだろう。
周囲の様子を流し目しながら、ナディアは机に体重を預けて怠そうに口を開いた。
「それなら、あたしはパス。この酒場で適当にしてるから、用があるなら後で声をかけてよ」
まるで気まぐれでそう振る舞うかのようにあくびをして、席を離れた。
「昨日からあの調子なんです──具合が悪い、のでしょうか?」
ミュリアはナディアの去った方を見つめた。
そしてヴィネに振り返って少し申し訳なさそうに眉を下げた。
「そうね……ヴィネ、良かったらナディアに付き添ってあげてくれる? とりあえず、私たちは先に行って、何か分かったらあなたも呼ぶから」
「私は構いませんが、ナディアに煙たがられるのでは?」
ヴィネの言葉に、ミュリアは首を振って微笑んだ。
「ナディアは確かになかなか心を開いてくれないわ。でも、真摯に向き合うことが大事なの。すごーく誠実に接してあげれば自然と応えてくれるものよ。そうやって、ナディアの心に私たちが受け入れられるように少しずつ、言葉を投げかけるの。そうすれば、少しのさざ波も心地よいものになるの」
酒場の壁でナディアは飲み物を口にしながら、酒場の全体を見ていた。接近してくるヴィネに気づくと少し目を伏せたあと、いつものからかうような調子で笑った。
「なに、ミュリアはあんたをよこしてきたの? そこまで気を使わなくたっていいのに」
「自然と気になってしまうもの、なのではないでしょうか。仲間、ですから」
ヴィネは自身でも掴めていないものを、単語を頼り一つ一つを繋げて少したどたどしく伝えた。
「……本当に、あのお節介たちには参るよ。金の繋がりだって言ってるのに」
口に漏れた言葉を隠すように手にある飲み物で誤魔化した。
「あんたも行きたかったんじゃないの?」
「今日は試しに行くようなものなので、本格的に行動に移してからでも遅くはないでしょう──結論としてはここで多くの人たちと関わるのも悪くないかと」
「そういえば、ナディアはあまり過去を語りませんね」
「逆に、あんたらがおかしいんだと思うよ。普通、過去なんて語れるほど厚みなんてないって。それなのに、二人も過去がないし、一人は狂った道を一人で歩んでる。どうかしてるよ」
最後の言葉を嘲るようにナディアは口にした。しかし、ヴィネはまっすぐにナディアを見つめる。
「はぁ、分かってるよ。そういったってただの八つ当たりだって。あんたたちは凄いよ。あたしとは違う。何かのために生きられる人間だ。あたしはただ生きられればそれでいい。それが大したものでなくてもね。まあ、一度仲間の危機を救ったんだから、それはこれからもずっと武勇伝として語れるね。そんな話を、きっと私はどこにでもある輪の中で信じられない自慢話みたいに話すんだろうけど」
小さなため息を吐いて、ナディアは首を振った。
「ああ、だめだめ。こんなんじゃ、商機も逃げちゃうよ。陰気臭いのなんかごめんだね。そうだ、ヴィネ。なんか、芸とかできない?」
「芸ですか? 特に人に見せられるものはないかと。できるとすれば、切断マジックとかでしょうか?」
「それ、本当にパーツを切り離してたりとかしないよね?」
二人が酒場の隅で適当な話を続けていると、一人の少女がいつの間にか近くまで来ていた。
「なんか用?」
「ううん、外の人、あなたたちを見ていただけだよ。迷惑だったかな?」
少女は快活な雰囲気と笑顔を見せた。
「特に、あなた。機械の方だよ。とっても面白そう。触っていい? 開いていい? 中身はどうなっているのかな?」
しかし、すぐに興奮した雰囲気でヴィネの前にずいっと顔を出す。
「嫌です」
「えー? いいじゃん、これでもうちはそれなりに詳しいんだよ? お得だよ?」
「──拒否」
「もう、そんなに意地張ることないじゃん」
頬を膨らませて、その合間に少しずつヴィネに距離を詰めようと近づいてくる。それをヴィネは後退して魔の手から逃れようとしていた。
「ちょっと待って。知らない相手に、しかも子どもに大事なものをいじくり回されたいとは誰も思わないでしょ」
ナディアが止めると、少女はそれもそうかと納得した様子を見せた。
「そうだね、自己紹介もしてないや。うちのことはエリンって呼んでよ。これでもこの都市では有名人なんだよ異端の“魔女”ってことでね」




