知恵と理性の名の下に
ヴィネを含めた四人は長い森を越えて、森林の中に隠れた都市にたどり着いた。そこは木々と調和しながらも、木漏れ日から木製の歯車が屋根や外壁でくるくると回っている様子が見える。その都市の中央では目立つ時計台を大きな建物が囲んでいた。
その入り口へと入ると、一人の男が声をかけてきた。
「学術都市アウルバスにようこそ。私はここで案内役を務めております。宜しければ私にご案内させていただけないでしょうか?」
「案内?」
ミュリアの呟きに男はにこやかな笑顔で頷いた。
「はい、ここは見た目よりも一層入り組んでいるのです。それこそ案内役がいなければまともに買い物もできないほどに」
男は道行く人々へと視線を誘導させた。そちらを見てみると、人々が何か扉のようなものを通っている。
「この土地は様々な奇怪なことが起こります。ご覧の通り、この扉は他の場所へと行く移動手段なのです。これはかつての大賢者の発明で、この街の至る所に設置されてこの都市のインフラの基盤となっています。ただ、我々も現象の研究を日夜進めているのですが……どうしても時々扉からほかの場所に迷い込んでしまうことがあるようでして。そのため、この都市を訪れた方に最初は道案内をするのが習わしなのです」
「それ、結局不便じゃん」
ナディアは自身の爪を見ながらため息をついた。
男にこの都市の案内を任せて扉を潜ると、突然景色が変わって酒場のような雰囲気の店内が目の前に現れた。
「ここは住民たちや多くの訪問者にとって人気のレストランです。森の恵みを味わうことができますよ」
「ふうん、果物とか野菜だけじゃないよね?」
「それはもちろん。ここは森の深い場所にありますが、外との交流が途絶えたことはありません。むしろ、この都市は奥深くにありながらも交易も力を入れているのですから。それに、この都市にだって狩人はいますし、決して物足りないということはないんですよ」
「それもお偉い賢者様のお陰?」
「そうですね。歴代の賢者様たちはこの土地に住み始めて、徐々に開拓を進めながらこの都市を生み出したのです。この都市には多くの知恵と技術が歴史として注ぎ込まれていると言えるでしょう」
男は胸を張って自分のことのように語った。ナディアは眠そうに聞いている。
「ふわぁ、そうなんだー。さっさと次に行こ」
次は宿屋に案内された。窓の外から幻想的な光が瞬いている。
「あれは何かしら?」
ミュリアは窓に手を当てて、その指先に集まろうとするそれらを目で追った。
「ああ……あれは妖精と呼ばれています。未だに生態も判明しておらず、無害なので放置しているという感じですかね。照明にもなりますから」
「誰も研究していないの?」
「いえ、今は一人だけ。ただ彼女はこの都市でも変人、と呼べばいいのか。悪い人ではないのでしょうが、その、関わる機会もないですし……。一応、気をつけてくださいね。彼女の実験はとにかく特異で、異端と評されるものなので」
「忠告ありがとう。でも、聞いている感じ愉快そうな人だと感じたのだけれど」
「ははっ、愉快といえば愉快なのてましょうね」
最後に案内されたのは大きな時計台のある建物だ。
「ここは学術院です。多くの生徒や賢者と称される人たちが在籍していますよ。何か疑問に思ったことがあれば質問してみると良いでしょう?」
「いいのかい? 研究とかの邪魔になるんじゃ……」
シグルドの言葉に男は自信に満ちた表情で答える。
「この都市の資源は知識ですから。もとろん、勝手に出入りすることは客人にできません。ただ、申請を通せば講義を聴講することもできますからぜひ試してみてください」
「この都市に来てから驚きの連続だよ。もっと機密の高い場所かとも思ってしまったんだが」
「この都市で秘密というものは多くの智者にとっては遊び道具なのかもしれませんね。僕も精進しないと……さて、案内は以上になります」
宿に戻ったあと、ヴィネは夜になって妖精たちの光に包まれたアウルバスの街を眺めていた。不思議な景色との出会い、蝶の形をした妖精を指先に留める体験、別空間へと繋がる扉と様々な衝撃を振り返りながら、長い間考え事に沈んでいた。
「本当に、不思議な場所ですね──衝撃、といえばいいのでしょうか」
「好きなように言えば良いんじゃない?」
ナディアは片手に持ったパンを食べながら壁に寄りかかって言葉を返した。
「随分と不機嫌そうですね──推測、ナディアはこの都市が不満なのですか?」
「そうだね。どこもかしこも自分が賢いと思ってるやつばっかでしょ? あたしは大して計算ができないわけでも、弁論できないわけでもない。でも、ものを売りつけることはできるの。ここにいるやつらと違ってね」
「知識は役に立たない、と言いたいのですか?」
「違うよ、ここで学べる坊っちゃんたちにあたしは引けを取ったりしないってだけ。売れそうなものはたくさんあるのに、ここにあるのは頭のいいやつらの玩具しかない。あいつらは価値を知らないんだ。それは、最も愚かなことだって思わない?」
ナディアは冷めた瞳で街を眺める。
「森の奥、だなんてそれっぽいこと言って実際のところは世間ってものから目を背けてるだけ。それを売るのは商人で、それを買うのは多くの人々だ。ここにいるってことは、そういう人たちを見ないってことじゃない? 孤高を驕ってるように見えて仕方ないんだよね」
「ナディアは彼らが──嫌い、ということですか?」
「さあね、どうでもいい。あたしもう寝るから」
ナディアはヴィネに背を向けてベッドで寝た。その背中に毛布を被せて、ヴィネは静かに次の日が来るのを待った。




