動き始めた歯車
かち、かちと音が聞こえる。顔を横に向けると、ナディアが工具を使ってネジを緩めていた。
「こっちを向かないで。あたしだって本業でもないことをしてるんだから。はぁ、こうなるんだったら機械をいじったりしたことあるなんて言わなきゃ良かった。そもそも、構造なんて分かんないし」
「不備はどうですか?」
「たぶん、大丈夫。油もさしてやった。これで少しは役に立ってよね」
ナディアは長時間同じ姿勢をしていて凝り固まった体をほぐした。
「分かりました。ありがとう──感謝を」
「はいはい、礼よりも働きで返してよね。……こんなんじゃ、あたしは体のいい下働きだよ」
ふて寝のように引きこもったナディアを見送って、ヴィネは体の調子を確認した。軋む音はするものの、動作に問題がない。ネジの一つも欠けていないようだ。
体が滑らかに動作してからというもの、ヴィネは周囲に関心を持ち始めた。外に出たときに再び浴びた光は木々に遮られて眩しさはないものの、十分な明るさを確保していた。
木々の揺らめき、小鳥の囀り、地べたを這う蟻の行進。
指先で触れて、目で見て、森の音を聞く。
静寂の中に潜む動物の息遣いを聞いて、数えた。
「1、2、3……」
「何を数えているの?」
ヴィネの背後からミュリアは覗いた。すぐさま計測を中断し、ミュリアに向き直る。
「ここで獲物になりそうな動物をサーチしていました。具体的には近くに五匹ほど探知」
「……えっと、さすがに私たちじゃ捌けないわ。それに食料自体はまだ余裕があるから」
「では、他に何か?」
「そこまで困ってるってほどのことは……」
ミュリアは少し戸惑ったあと、ヴィネへと向き直った。
「もしかして、手伝いたいの?」
「はい、そういうものなのでは?」
「……んー?」
ミュリアは首を傾げて、じっとヴィネの瞳を見つめた。ヴィネもミュリアを見つめ返す。
「別にあなたの好きにしてもいいのよ。行動を共にするとは決めたけれど、強制したりとかはしないから。あなたの心に選択を委ねてみて」
「心? 私はナディアに何かをして礼を返すべきと指示されたので」
ふふ、とミュリアは思わず肩を揺らして笑ってしまった。
「それ、指示じゃないと思うわ。ナディアはきっと照れてそういっただけよ。あなたがしたいことはある? そう何かを思うことが心なんじゃないかしら」
「けれど、私は機械です。心という有機的な反応は持ち合わせていません──否定します」
「そんなこと、ないんじゃないかしら。じゃあ、なぜ貴方は自分の過去を求めるの? どうでもいいなら、求めたりしない。ましてや、それはあなたから欠けた部品でもない。けれど、それが掛け替えのないものだって信じてるからあなたも旅を始めた。そうでしょ?」
ヴィネはあの映像を思い返す。きっと、あそこには重要な何かがあったと確信している。それはデータの残滓かもしれないし、彼女に与えられた生きる意味──コマンドだったのかもしれない。
「でも、せっかくなら一緒に手伝ってくれると嬉しいわ」
ミュリアと一緒に道端でキノコを集めたり、生活の雑事を済ませたりと、ヴィネはミュリアたちの生活に合わせて動いた。
食事の必要はない、光の当たる場所にいる必要もない。けれど、ミュリアたちは必ずヴィネをそちらへと誘った。
「心とは、何でしょう? 解決不可」
空を仰ぎながらヴィネは考える。睡眠など必要はない。ナディアは寝相の悪さでヴィネの方へと転がってきた。腕がヴィネの肩へと伸びる。
「……本当に、不可解です」
ナディアの不格好な寝相を整えて、ヴィネは夜に輝く星々を見つめていた。




