深き森の眠り姫
誰も足を踏み入れない森の奥に、少女の姿をした機械が眠っていた。木々も動物も彼女に触れるが、目覚めのときは訪れない。ただ彼女の周囲を歳月が流れるばかりで、気付けば枯れ、気付けば色付く。世界は彼女を着飾るが、その歯車が駆動することはない。鼓動がなければ、それは骸と変わらない。
若芽は伸び、小鳥が訪れ、安らげる家とした。
後に、人が足を踏み入れて幾つもの人々が村を建てた。
深い森、未知の暗がり、幻想の御伽噺が語られ、人々はその根元で真理を探求した。
けれど、森は常に開かれ、誰もが誘われれば足を踏み入れる。
ここは記憶の迷宮、真理の扉、そして幻想の森であると。
夜の冷える空の下で篝火を囲って三人が昼間の疲れを癒やしていた。揺らめく炎は温かく周囲を照らし、一人は火の近くで歌を歌う。その歌声は朗々と響き渡り、場は和やかな雰囲気に包まれた。
「──と、こんな感じよ。どう? 私の歌声、ちゃんと聞けた?」
ミュリアは歌い終わって、その後の余韻に浸っていた。
「まあ、悪くないんじゃない? さすがにプロってほどじゃないけど、路上でやればおひねりくらい貰えるでしょ」
ナディアは横になりながら、いつも通り商人としての見解を示した。
「吟遊詩人か楽器を使える人がいればもっと賑やかになるだろうね。僕も剣技を振るえば、僕たちだけでも十分な見せ物になれるかもしれない」
と、シグルドがナディアの意見に乗っかっていった。それを聞いて、ミュリアは少し頬を膨らませた。
「ちょっと、商売の話なんかしてないでしょう? そういうのって、ずるなんじゃないかしら」
「悪かったよ。僕もこんな夜は悪くないと思う」
その言葉を聞いて満足したのか、はたまた眠気が襲ってきたのかミュリアは眠そうにあくびを手で隠した。
「僕は引き続き夜番をしておくから、君たちは寝ていてくれ」
「ふわぁ……そうね、いつもありがとう」
床に向かっていく姿を見送って、シグルドはパチパチと音を立てる火の近くで、遠い夜空を眺めていた。
異変は火が消えて、灰の中にまだ赤さが残る程度の頃だった。
木々の奥から人影が見えた。シグルドはその瞬間に剣を抜き、自身の近くに火を生み出した。光に照らされ、徐々に相手の輪郭が鮮明となる。シグルドは一度深呼吸をして、逸る気を落ち着かせた。幸いにも、相手はあの道化ではなかった。しかし、シグルドは警戒を解かずにふらふらと近づいてくる彼女に近づいた。
その姿は人形のようではあるが、遠くから見れば人と遜色ないほど精巧なものだった。そして、何よりもその見た目に似合わないほど純粋な瞳がシグルドを見つめる。
「君は誰だ?」
彼女は暫く沈黙していた。周囲を観察して、首を振った。
「ここじゃない……」
彼女は元の道に戻ろうとしたが、ふらふらとした足が根に引っかかり転倒する。シグルドはとにかく警戒は継続しながらも、彼女のもとに近づいた。
「君は何を探している?」
「──私の居場所、私の家に」
そう言って、彼女は沈黙した。その様子から見て、長いこと探し続けていたのだろう。服は土で汚れ、どれほどの着ていたのかわからないほどにぼろぼろだ。
「……ともかく、もう少し開けた場所に運んでおこう」
助けるかどうかはともかくとして、シグルドは彼女を抱えて野営地に戻ってきた。二人は既に眠っている。
「話は、明日でいいだろう」
彼女を適当な場所へ降ろして、余っていた毛布をかける。いつの間にか冷えてきた身体を温めるために、再び薪を焚べて火種を落とした。
その時、ふと彼女の首にかけてあるものが目に留まった。彼女はそれを大事に握っている。
それは何に使うともしれない、小さな鍵だった。




