わがまま王女と朴念仁 その3
視点:俯瞰
フィオルナは執務室でいつも通り書類の処理を行っていると、扉からノックが聞こえた。
「誰だ?」
「私よ、姉様」
レテラは幾つかものを抱えて、部屋へと入った。フィオルナはその様子を見て少し首を傾げたが、手元にある書類を横に置いた。
「申し訳ないと思ってるわ、いつも姉様の邪魔をして」
「……そうか、だがお前はまだ子どもだ。そのくらいは受け入れる。持ち続けるのは疲れるだろう、適当な机に置けばいい」
レテラは持っていたものを机に置いてフィオルナの前に来た。フィオルナはそこで先ほどから感じている違和感を確信した。
「その贈り物はあいつらからのものだな。置き場所は用意しておこう。それで、私と話がしたいのか?」
レテラは小さく頷いた。
「ほら、姉様はいつも玉座を目指していたでしょ。そして念願が叶って、国王になった。兄様は頼りないし、私も王になるのは姉様であってほしいと思ってた。姉様は優しいとはいえないかもしれないけど、誰よりも国と未来のことを考えていたから。その願いが叶ったことを嬉しいと思ってる」
「まだだ、これから国を再編するのに力をかけなければならないし、目指すべき場所にはほど遠い。やっとこの座についたが、ここからが本当の戦場だ。玉座にしがみつくだけでは王とは呼べない。王足らしめる者こそが王なのだ」
フィオルナはレテラが何をしようとしているのか確信しているが、それを尋ねようとはしなかった。
「ええ、そうね。父様も、良い人ではなかったけれど、それでも国を導いていた。私たちの血の運命はどこまでも残酷で、否定できない罪。黄金の刻印はもうどこにもなくなって、始めて私は安堵したの。家族を失うことなんて、耐えられないから」
「私を恨むか、レテラ。私は直接手を下してはいないとはいえ、結局は同じことだ。私はそう決意し、実行した。私も命を狙われていたとしても、それを許す理由にはならない」
ただ淡々と事実を宣告するようにフィオルナは振る舞う。レテラが陰で涙を流していると知りながら。
「仕方ないことよ……だって、王族ってそういうものでしょ。どこまでも国とともにある。だから、私は恨んでなんてないの、憎んでなんてないの。だって、それはあるべき姿じゃない」
レテラは噛み締めるように強く手を握りしめて、言葉を少しずつ紡ぐ。
「でもね、私は私が嫌い。何もできない私が嫌い、何も背負えない私が憎い。姉様たちも、父様も、あの場に立つ資格があって私にはない。王族なのに、力がない。戦士の国の王女なのに、ただ無力で鳥籠でのうのうと生きている小鳥と同じ」
「刻印の力は良いものというわけではない。それに、お前は受け入れなくていい。世界の理不尽も、因果もな。あるべき姿など、そう簡単に見つかるものではないのだから」
「ええ……ええ、姉様ならそう言うと思ってたわ。けど、私にも分かっているの。私じゃ力になれないって。家族のために何もしてあげられないって」
「……」
フィオルナに答えることはできない。彼女はもう王であって、彼女だけの存在ではいられないから。自嘲気味にレテラは笑う。
「ふふっ、本当に馬鹿。どうしたって、姉様を傷つけるのに」
「……」
視線だけが揺れる。けれど、フィオルナは決してその場所から降りたりはしないのだ。それはただそうあるべきと決めたから。
「だから、お友達に、姉様の隣に立てた人たちに贈り物をしてもらったの」
「そうか」
レテラは机に置いた荷物をフィオルナの机に置く。
「あの人たちはこの国の人じゃないから、姉様が孤独にならないようにって」
その時、初めてフィオルナは目を大きく開いた。レテラはポロポロと涙をこぼして無理やり口を釣り上げていた。
「……ううっ」
けれど、すぐに耐えきれずレテラは顔を隠しながら部屋を出た。
「……」
無言のフィオルナに、経緯を聞いてレテラが扉から出るまで待っていたシグルドが部屋に入った。
「彼女のことはミュリアに任せた、僕よりも適任だからね」
「無様のところを見せたな」
どこまでも冷静な表情でフィオルナは返答した。
「君の様子を見る限り、あの子は君も騙せたみたいだね」
「そうだな、予想外だった……あるいは考えもしなかったのかもしれない」
それはサプライズのような優しいものではなく、どこまでも残酷な驚きかもしれない。
「あの子に寄り添えるのなら、分かっていたのだろうな。私はどこまでも孤高の道を進むつもりだ。それがどんな道であろうと。厳しいから進むのではない、その先に自らの選択があるからだ。だが、家族を孤独にさせてしまうとは考えなかった」
父を失い、フィオルナは一人で道を歩む。姉を慕っている彼女にとって、それはどれほどの痛みだろうか。
「私の慰めの言葉など形ばかりのものだ。どこまでも冷徹で、人を癒やすにはあまりにも拙い。そこに家族の温かさというものはない。元々、そんなものを持っていたかは分からないが、それでも他の道に逸する機会は失ってしまった」
フィオルナはため息を吐いた。
「あれほど偉そうに言ったというのに、結局はお前とさして変わらない」
そう言って、フィオルナは窓から見える城下町を見下ろした。




