わがまま王女と朴念仁 その2
視点:シグルド
「それで、僕に何か用があるのか?」
ミュリアがいなくなって落ち着いた室内で、目の前の少女を見る。その目は活発そうで、フィオルナとは対照的だ。レテラをお転婆というのなら、フィオルナは誰もが目を向けてしまうほどの重圧の重さがある。
「あなたたち、いつかはこの国を去るのでしょう?」
コントのような調子はミュリアが去ってから消えていた。やはり王族というものなのだろう。
「そうだね。きっといつかはまた旅に出る。そうしなければならないから」
「理由は聞かないわ」
ここから話を切り出そうかという雰囲気で、レテラは持ち上げていたティーカップを机に戻した。
「どうせ、私には理解できないような理由なんでしょうね。まあ、それはどうでもいい。あなたには色々と国のことで恩があるから、この上に頼み事をするのは心苦しいのだけれど」
「僕はただ当然のことをしただけだ。そして、相手の願いをむげにしようとも思わない。手助けが必要なら何でも言ってくれ」
前国王との戦いには何も力になれなかったし、あの黄金の巨木に関しては……あの道化も関わっていたのなら他人事ではない。
「簡単にいえば、あなたらしい贈り物がほしいの。できれば、ずっと飾っておけるものが」
「すまないが、僕にそういったのは……」
レテラは前屈みになって僕の手を取る。
「お願いよ、楽しみなの。戦士のこだわりの品とか、別に身につけてるものじゃなくていいの。あなたが選んでくれたものでさえあれば。大会では素晴らしい試合を見せてはもらえるけど、記憶にしか残らないでしょう? 私が忘れないためにも、形として残るものが欲しいの!」
熱心に訴えられ、あまりの情熱に暫く言葉を失った。
「それで私を頼りに来たのか」
フィオルナが煩わしげな目つきでこちらを見る。
「君の妹だから、どんなものがいいかは知ってるだろう?」
「普通の姉妹ならな。一応知って入るが、私にそれを選ぶ時間があるとでも?」
「だよな、すまない。ミュリアに聞いてみるよ」
フィオルナに背を向けると、思いっきり襟を掴まれた。
「あいつには聞くな。はぁ、少し待っていろ」
フィオルナは今まで手を付けていた書類をまた別の積まれた書類の山に積んだ。
意外にも、フィオルナは多少装いを変えて城下町まで共に降りてきた。
「言いたいことは分かるが、今は後だ。早めに終わらせるぞ」
早速大きな店に入っていった。続いて入ると、既に彼女は受付と話していた。
「別室に商品を用意させた。その中から選べ」
机の上に置かれたのは様々な工芸品や宝石、ナイフなんかもある。
「そうだな、これはどうだろう?」
手に取ったのは硝子でできた薔薇だ。少し大きいが、立派なものだと思う。
「品性を疑う」
「仕方ないだろう、剣ばかり握ってきたんだから」
それに、結構優美な気がして格好良いと思う。
「じゃあ、こっちは?」
次に手に取ったのは丸みのある外見に顔とか民族模様みたいなものが描かれた置物だ。虹色で派手だし、少し硬そうな雰囲気と握った感覚はいい。
「……本当にそれを選ぶのか?」
「まるでまたセンスがないと言いたげだね」
「少なくとも、さっきより酷いかもしれない」
「分かった、違うものを選ぶ」
三つ目は黄金と宝石をちりばめたライオンの顔の像だ。少し重そうだが、すごく豪華で立派な見た目だ。
「分かった、お前にはセンスがない。選ぶのはやめてくれ」
「そもそもここに置いてあるものが悪いんじゃないのか?」
「組み合わせれば悪いとはいえないかもしれない。屋敷とかを持っていればな。お前は贈り物だというのに、大きいもの・硬いもの・重いものを選んでいる。質実剛健とは言うが、お前の場合はただ壊れにくいものを選んでるだけだろう」
フィオルナは深くため息をついて店を出た。
「お前は選ばせるよりも、お前にしか選べないものを取ったほうがいいな。あとはお前が考えることだ」
そう言って、フィオルナは王城へと帰っていった。
「あー、シグルドだ。何してんの?」
足取りを重くして帰っていると道端でナディアに出会った。そこで事情を説明すると呆れたような目で見られた。
「あんたってほんと、多くのことに無関心なんだね。贈り物なんて、本好きならブックカバーとか栞、料理好きならおしゃれな計量カップとか鍋敷き、あとは旅好きなら見栄えのいいナイフとか鞄とかあるでしょ。まあ、あんたの場合は剣を振ることしか考えてないんだろうけど。もう少し柔軟に考えなよ、戦士なら……ってあたしもあんま思いつかないけど」
「流石は商人だ。そんな選び方もあるのか」
「えっへへ、そりゃね……っていうか、今まであたしが商人なの忘れてた? なんか買いたいならあたしに聞けばよかったのに」
「いや、考えなかったわけじゃないんだ。ただ、ミュリアに相談してからって考えたまま忘れてて」
フィオルナに止められなければ、こんなに堂々巡りはしなかった気がする。
「ミュリアに? あー、たぶんそれは正解」
「どうして?」
「ミュリアは妹ちゃんにもう結構贈り物とかしてるから。なんだかんだで仲がいいんでしょ。たぶん、ミュリアを頼ったってすぐ分かるよ。あの子、独特なわけじゃないけどそういう彼女らしいものを選んでいるから。それだと、妹ちゃんをがっかりさせちゃうでしょ」
「そうか、そういうこともあるのか」
「うん、だからあたしがあんたにプロデュースしてあげるよ。そもそもこっちが本業だしね。あんたらしいものって、結構難しいけど」
自分らしさと言われると、確かに言葉にしにくい。
「……なら、今の僕では駄目なんだろう」
何か趣味があったとしたら、それは英雄の刻印を持つよりもずっと前だろう。
そこは何の変哲もない小さな村だった。子どもも農作業を手伝って、日々を送るような村。特別な伝承も謂れもない。
きっとそこはただ平和な村だった。そこで僕はどこの子供とも変わらず、木の棒を剣として振ったり、意味もなく広がる野原を走ったり、寝転んだりと穏やかな風とともに過ごしていた。
ただ英雄の物語に憧れる一人の少年に過ぎなかった。
「そうだ、こういうものはあるかい?」
再び、贈り物を携えてレテラのお茶会に参加した。
「それで、どんな贈り物を用意してくれたの?」
「たぶん、拍子抜けしてしまうかもしれないし、この城の中ですら普通は扱われないようなものかもしれないけど」
そう言って僕はある物語が書かれた本を取り出した。
「英雄譚?」
「その本を選んだのは、僕の原点のようなものだからだ。幼い頃、本は縁遠いものではあったけれど、そういう物語は村にもあった。特別な村ではなかったけれど、だからこそどこにでも溢れていた物語があったんだ」
久しぶりに見てみたら、物語は特別に面白くもなかった。けれど、英雄の姿は確かに描かれてはいた。それが記号に過ぎないとしても。
「どうかな、満足してくれるとうれしいんだけど」
「そうね、予想外ではあるわ」
レテラは絵本を手に取り、ページを捲る。
「でも、確かにあなたの思いが感じられる。ありがとう、無茶振りをしてしまったわね。それに嘘もついていた」
「嘘?」
予想外の言葉に驚く。
「本当は、あなたたちに姉様への贈り物を用意してもらうつもりで頼んだの」




