全てが終わった後で
全てが終わった後、ボロボロになった王城の再建に向けて、人々は王城内を出入りして新たな国王の誕生を祝った。もちろん、フィオルナが戴冠することを糾弾する者もいたが、彼女を中心とした勢力はそれを歯牙にかけないほど中枢に食い込み、反発するものを追放していった。とはいえ、過激ではあるが職務を放棄した者だけを捨て、事件があっても残った有用な者はそのままにしていた。絶対的な実力主義によって意外にも混乱は少ないように見えた。
「最近は日記に書くことに困らないわね」
「いいことじゃん、なんでそんなに不服そうなわけ?」
とある宿に二人の少女は寝泊まりしていた。
「だって~。書くことが多いことはいいことだけど、それが全部フィオルナの手伝いなのよ? 頼ってくれるのは嬉しいけれど、これじゃあ私はただの小間使いじゃない。んー、あとで城のメイドさんの服でも貰おうかしら」
「あたしはあんたが楽しそうでうれしいよ。お陰で、あたしは更に下っ端として使われる羽目になったんだけど!」
この数日間の間にフィオルナはシグルドの大会の報奨金と事件での礼を渡してくれた。そのお礼がナディアとの雇用契約だった。
「あの姫っ、いやあの女王様はきっと人を道具としてしか見てないんだよ! ……報酬につられたのはあたしが悪いんだけどさ、でもあんなにもらえるとは思わないじゃん! そのくらい……あたしじゃなくてシグルドだけど、国を救ったんだから結果としてあたしにもおこぼれがもらえるかなって期待しても仕方なくない? あたし、一度は王女様を救ったんだよ?」
「まあまあ、落ち着いて。あたしとしてはナディアとこれからも旅を一緒にできるって考えるととても嬉しいの。これからもいっぱい思い出を作れるでしょう?」
「んんっ、そんなに褒めたって無駄なんだからね。まあ、あたしは契約を守る主義なんだ。困ったことがあればあたしにいえば何でも……とはいえないけど、力になるから」
「ええ、頼りにしてるわ♪」
一方で、シグルドはまだ改修しきれていない玉座で密会をしていた。まるで月から身を隠すかのように雲が覆う夜空の下で、神の計略を搔い潜るために。
「あの道化の正体を僕はよく知らない……けれど、僕の行く先々で決定的な瞬間には必ず現れるんだ」
「不思議なものだな、そいつが貴様の前に現れた同時期に前国王に謁見を望んだやつがいたらしい。スラファトは古来から武力を尊んできたが故に、教団の思想とは反発している。だから、本来なら何の前触れもなく使者が来るはずはない」
例え闇の中にいようとも、、彼女の王冠は鮮烈に輝く。フィオルナは眼を鋭くして、かつて道化と名乗った男が立っていた場所を見つめた。
「おそらく、そいつはこの件でも糸を引いていた。国王に“滅亡の予言”でも伝えたのだろう。そうなれば一番可能性があるのは私だからな、本来なら後継争いにも口を出してこなかったはずだが、国が亡びるとなれば動かざる負えないだろう。それが意図的であれ、なんであれ私は必ず代価を支払わせる」
「それは君の個人的な恨みか?」
「少し違うな、大事なのは報復することではない。大事なのは私の国を子どもの遊びのように弄ぼうとする連中に対抗するためだ。それがやつらの語る神であってもな」
「ははっ、頼もしいね」
「……笑い事ではない。良い機会だ、お前に忠告してやろう。これはお前が国を救ったことに対する最大の褒章であり、心に刻むといい。私としてはお前に興味などない。戦士としては強靭だが、兵士としては未熟以下だ。何故だか分かるか?」
フィオルナの視線は王者の風格を持ってシグルドを射抜いた。
「それは……僕が君のために剣を振るう武器ではないからかい?」
「便利な道具などいらん、私が活用するのは常に人だ。分かっているだろう、お前には何よりも優先する渇望や願いがないことを。お前の戦いを見たときに気付いた。お前は自らを壊すために戦っている。死を望んでいるわけでもなく、ただどうしようもないほどに英雄の皮を被った裏には破壊の意思だけが眠っている。まるで燃え滾る炎のように絡みついて離れない。それがお前の刻印の本質だ」
シグルドは暫く目を見開いた後、目を伏せた。
「ああ、きっとそうなんだろう。僕にはずっと許せないことがある。それは家族の仇を倒しても、誰かを助けようとしても埋まらなかった。いつだって、運命は不条理だ。けれど、目の前で失った家族のことまで運命のせいになんてできない。弱かったのは僕だ。だから、せめて家族を失っても優しくしてくれた人たちも守りたいって思ってる。でも、……どんなに人を守っても、どんなに何かと戦おうと炎は依然として燃え続けている。それで気付いた。本当に許せないのは、僕の跡には何も残らないことだ」
空っぽの中身をどう満たせばいいのだろう。空っぽの中身にはなんでも入れられるが、それらでは満たせない。そして多くのものを拾っても最終的には手放すのだ。なぜなら、彼は英雄だから。英雄である彼は多くの悲劇に触れてきた。その道はまるで舗装されたように悲劇の舞台へと敷かれている。なら、果たして悲劇と英雄どちらが先に結末を決めてしまったのだろうか。この戦いには誇りも栄誉もない。あるのは失わずに済んだものだけなのだから。
「だとしても、止まれはしない。僕は燃え尽きるまでこの道を進み続ける」
選択肢などない。助けが必要な時に駆け付けなくてどうするというのか。もし自身がいなくなることが拾うはずだったものを失うことだとしたら、シグルドは投げ出すことはできなかった。
「……ある意味においてそれは戦士の素質なのだろうな。自分を大切にするにはあまりにも多くのものを失ってしまっている。これはそれの重みを知っているということだ。だが、考えたことはあるか? もしお前の選択で仲間の生死とその他の生死を天秤にかけられたとき、お前は耐えられるのかと。この質問には答えなくていい。だが、忘れるな。お前の願いは崇高なものだが、それは決して何かを奪わないものではないことを。多くのものと同じように、お前も心に従って決断していることを。秤り続けろ。お前の至る終着点が解放であろうと奴隷であろうと、満たされなくとも選択は迫られる。そして、私たちは既にその選択を決めている。その果てが何であれ、道がどうであれ人類の歴史に名を刻む。ここに生きているがゆえにな」
フィオルナが去った後もシグルドは玉座に漏れてきた月光の先を見つめた。
第一章 完結
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