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偽神〜every night Memories〜  作者: 徘徊猫
第一部 英雄の旅路

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記憶を埋める旅

 穏やかな風が心地よい木陰に流れてくる。太陽は燦々と輝き、一人の少女が起き上がる。

 「今日はどんな一日になるかしら♪」

 書きかけたまま寝落ちしてしまった冒険日誌を閉じて、彼女は遠景に広がる海を眺める。潮騒の音がその訪れを歓迎するように心地良く響く。

 「きっと、良い出会いが待ってるはずだわ」

 この先にある未知と出会いに少女は心を弾ませた。


街と街を結ぶ交易路までたどり着くと、どうやら溝にはまってしまった荷馬車をなんとか動かそうとする商人たちの一団に出会った。

 「どうかしたの?」

 石に腰掛けていたガタイの良い男が少女に気付いて、俯いていた顔を見上げる。

 「ああ、気にすんな嬢ちゃん。その腕で車輪を持ち上げれるわけでもあるまいし、次に近くに通った奴らに力を貸してもらうしかないしな」

 そんな会話をしていると、一つの馬車がこちらに向かってきているのが見えた。

 「今度は助けてくれるやつだと良いんだが……」

 「なら、私に任せてくれない? ほら、私なら警戒もされないだろうから」

 少女は止まった馬車に近づき、幌の中にいる人に声をかけた。

 「誰か、目の前にある荷馬車を助けてあげてくれない? 困ってるみたいなの」

 馬車の中には子連れの女性や老人がいたため、これから次の街に向かう途中なのだろう。

 「なら、僕が手伝おう」

 その中で、一人の青年が立ち上がった。鍛えているのだろう。農民のような体形ではなく、がっしりとした肉体が馬車から降りてきた。

 「僕の名前はシグルドだ、助けてほしいというのはあの荷馬車のことかい?」

 「ええ、困っているみたいだから」

 「なら任せてくれ。力仕事は得意なんだ」

 シグルドが力を込めると今まで岩のように動かなかった馬車が徐々に車輪を動かした。その馬車を持つ手には何重にも包帯を巻いてある。

 「よいしょっと……ふぅ、流石に馬車一つを片手で持ち上げられはしないね。これでいいのかな?」

 「おう! ありがとなあんちゃん、それとお嬢ちゃん。そうだ、どうせ行く道が一緒なら一緒に乗って行かないか? せっかくだからお礼もしたい。護衛として考えると、悪くないしな」

 「随分と気前がいいのね。でも、私は大したことはしてないわ」

 シグルドの方に目を向けると、丁度彼も少女を見つめていた。

 「僕は……気にしなくていい。ただここらへんは物騒だと聞くし、どうせならあっちの馬車と一緒に行くのはどうかな?」

 「なら、そうしましょう。賑やかな方がきっと楽しいから♪」


 日が暮れて、馬車で焚き火を囲うと談笑が聞こえてくる。男たちは腕相撲などをしながら、その中心にはシグルドが真剣な顔をして相手の拳を握る。衝突は一瞬、気迫が迸り、大気は鳴動する。しかし、勝者は一人のみ。そしてその勝者は自ずと分かるものだ。

なぜなら、青年は柔和な笑みを称えたままなのだから。

  「──また僕の勝ちだ。どうだい? 今度はもっとハンデをして賭けてもいい」

 緩んだ手元の包帯を結び直し、少年の勝ち気な笑みを浮かべているところに少女は料理を手に入っていった。

 「もう、遊ぶのもいいけれど、これ以上夢中になるようならご飯が冷めちゃうわよ?」

 商人たちはどれほど賭けていたのだろう。その声を聞いて安堵の息をついた。

 「ははっ、ごめんごめん。仕切り直して、続きは食後にしようか」

 彼はしばらくの間に随分と商人と仲を深めたようだ。特に、農作物に関しては色々と詳しく商人と話している。少女は近くにある石に腰掛けて、シグルドたちと時間を過ごした。

 「そういえば、まだ名前を言ってなかったわね。私はミュリアよ」

 「随分と珍しい名前だね。旅をしてるのかい?」

 「ええ、どうやら私は記憶喪失みたいなの。気付いたときには何処かも分からない場所にいて、でも何故か名前と過去以外の記憶は残ってた。だから、旅に出ることにしたの。この名前を自分で付けてね」

 「そうか、記憶を失うというのはやっぱり不安だったりするのかい?」

 「そうね、家族や知り合いがいるのなら申し訳ない気持ちにもなるのだけど、そんな気配もないから……どちらかというと、今がとっても楽しいわ♪」

 ミュリアの屈託のない笑顔を見て、シグルドは無意識に包帯を巻いている手を触った。

 「あなたのその手は怪我してるの?」

 「そんな感じかな……。動かすのには痛みはないから、じゃなきゃ腕相撲なんてできないと思わないかい?」

 「まだ勝負をするつもりなの?」

 「安心してくれ、負けないから。あっ、そうだ。君も僕に懸けてみてくれ、損はさせないから」

 楽しい時間は焚き火が消えるまで続いた。


朝に再び馬を進ませて、二人はゆらゆらと揺れる馬車の中で会話をしていた。

「そういえば、シグルドはどうして旅をしているの?」

「僕に対した理由はないよ。生計を立てるために傭兵とか護衛とかしてたら勝手にふらふらとあちらこちら行ってただけさ。それよりも、君はこれからどこに行くつもりなんだい? 港に行くってことは船に乗るってことだと思うけど」

「うん、とりあえず闘技大会が開催されるらしい王国に行ってみたいと思ってるの。大会自体には興味がないんだけど、祭りのときはきっと賑やかになるでしょうから」

「あそこは……大丈夫かい? 戦士の国として有名な場所だけど、荒くれ者も多いと聞いた」

 「そうね、でもこれまでも何とかなったし大丈夫じゃないかしら」

 「随分と大雑把な計画みたいだね……よければ僕も付いていっていいかい? 丁度武術大会に参加するいい機会だと思ってたところなんだ」

 「そうね、頼もしいわ。これからよろしくね♪」

 二人で計画を考えたり、商人からもらった果物を食べながら進む内に潮風が匂う港街に辿り着いた。

 「旅費は……うん、大丈夫そうね。どうせなら船が出るまで数日間あるから観光するのはどうかしら?」

 街には様々な場所がある。市場や漁港、レストランなど、探せば掘り出し物も見つかるかもしれない。

 「僕は市場に興味があるかな」

 「また腕相撲か何かの相手を探すつもりなの? ……うーん、やっぱり一度教団施設に寄っていったほうがいいかしら。何か依頼があれば元手になって助かるから」

 「それなら手分けしたほうがよさそうだ。僕は手先が器用な方ではないから、何か足しにするなら稼ぎ口は多いほうが良いだろう」

 「えっと、本当にまた勝負しに行くつもりなの?」

 ミュリアは一人で教団施設に辿り着くと、大きな街だからかステンドグラスや荘厳な装飾で飾られていた。そのステンドグラスには彼らの崇める創造主の姿を光として表現しているらしい。

 「大きな街だから、やっぱり依頼も多いのね。それにしても、刻印持ちを優遇だなんて思い切ったことをするのね」

 『刻印』とは、神に認められたものに与えられる紋章であり、身体の何処かに刻まれるものだ。そして、神に認められたものにはそれぞれ異能と呼ぶべき力が与えられている。

 「まあ、逆に考えれば悩まなくても良いってことよね」

 特に指定のない簡単な依頼を手に取って、受付で受注した。内容は──レストランの食事の配達だ。払われた前金から指定の料理を届ければいい。

 「簡単ね!」


 集合する時間になり、シグルドは時間通り到着するとミュリアは焼きたてのピザを頬張っていた。

「もぐもぐ、貴方も食べる? ちょうど知り合った店がとても美味しそうだったからね、買ってきたの。ほら、こっちが貴方の分よ」

 「ああ、ありがとう。……それで、ピザにどれくらい使ったんだい?」

 「流石に稼いだお金は手元にいくらか残してはいるわよ? 雀の涙くらい、だけれど」

 「だけど、ここで宿に泊まって船に乗る程度の貯蓄しかないんだろう……必要なら、僕の稼いだほうから宿代を出そうか?」

 「流石にそれは申し訳ないから、あなたも今度奢ってくれればそれでいいわよ♪」

 「そうだね、僕の方でも良さそうな店を探してくるよ」


 賑やかな街も夜に包まれると穏やかな海風が流れてくる。ミュリアは一日の出来事を冒険日誌に記録した。それは彼女が目覚めてからずっと続けてきた習慣でもある。

いつか、また忘れてしまわないように。

そうすれば何もわからない自身のことも、白紙の地図を埋めるように少しずつ浮かび上がることだろう。そして彩られた出会いを思い出すのだ。

「明日も良い日になると良いわね♪」

 

 暗闇の中で、一人の青年が街中から離れた場所で剣を引き抜いた。

 「出てこい! いるのは分かっている」

 影から現れたのは胡散臭い男だった。

 「全く、物騒なそれはしまってください。英雄の刻印を持つあなたなら、私なんて素手でも敵じゃないでしょう。はぁ、全く残念です。こんなにも殺意を向けなくてもいいでしょう」

「ほっとけばいいだろう、僕はお前らなんかの手先になったりはしない」

「手先とは失礼な。私たちは神のご意思に則り特別な存在を招集し、記録し、編纂することこそ仕事ですので。決して何かをやらせたりするような集団ではございません。少なくとも私はそうです」

「なら、この刻印を持っていけばいい」

 シグルドは包帯で隠していた手を闇夜に晒した。その手には拭うことのできない刻まれた文様がある。

「……できたらそうしています。ですが、これも神の意志なのですから仕方ありません。どうかご容赦を。けれど、いいではありませんか。貴方は力を得て、復讐する機会を得た。それで十分なのでは? これから語られる英雄譚に聖名を刻まれるのですから。とはいえ、駆り出されるこちらの身にもなってほしいものです、本当に」

 わざとらしく肩を落として男は溜息をついた。

「『貴方は神に選ばれた』のですから、その役割通りに物語を刻めばいい。それともお忘れですか、誰も『運命からは逃れられない』ということを。どちらにしろ、貴方の選択とは関係なく訪れるもの、その際に貴方は迷わず動くでしょう。『選択肢』などないのですから」

 胡散臭い男は丁寧なお辞儀をしてシグルドの下から去っていった。

 「……分かっているさ」

 シグルドは一人で月を眺める。月光は穏やかで、されど暗闇を振り払えない。


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