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再従兄弟の婚約者は恋人たちの為に身を引く派のようです

作者: Ash

「あなた、エグモント様とマイロ嬢が可哀そうだと思わないの?! あなたが婚約解消しないせいで、二人は辛い思いをしているのよ!」


 ある日、王立学校の廊下で険しい少女の声が聞こえてきました。

 吹けば飛ぶような弱小貴族の私は、ここでクルリと方向転換して聞かなかったことにしたほうが良いのです。

 良いのですが、野次馬根性で壁に張り付いて、こっそり覗いてしまいました。

 覗いて正解でした。野次馬根性も役に立つこともあるようです。下手に野次馬根性を出して、ややこしい状況になったこと、数かぞえきれず。母の従姉妹のシシリア叔母様にも笑われたものです。

 と、そのシシリア叔母様に関連することでした。


 一人の少女の前に三人の少女たちがいました。その三人の態度の悪そうな少女たちの一人が、シシリア叔母様に教えてもらった彼女の息子――私の再従兄弟はとこの婚約者でした。

 同じ再従兄弟でも父親が一代貴族の上流階級の有象無象である私は、シシリア叔母様のご子息の婚約者に紹介されてはいませんが。


 紹介されていませんが、再従兄弟の婚約者は母にとっては仲の良い従姉妹の息子の嫁。いくら、私が再従兄弟とほぼ話したこともない赤の他人にしか思っていなくても、シシリア叔母様が息子の嫁の非常識さで恥ずかしい思いをしたら、私も母同様、黙ってはいられないでしょう。

 というか、黙っていません。


 弱い者虐めをしていたり、貴族として恥ずかしい振る舞いを目撃したなら、シシリア叔母様に連絡しなければ。それがシシリア叔母様の恥辱を防ぐ第一歩です。

 それが元で、再従兄弟の婚約者の身辺調査が始まり、デメリットがメリットを上回ったら、政略結婚の意味は無くなります。

 爵位がある家ほど、政略結婚のメリット、デメリットにはシビアです。


 あとの少女たちに見覚えがないのは、クラスが違うからでしょう。

 王族なら絵姿が売っているので分かりますが、それ以外の貴族は紹介されるか、顔を知っている方々の囁きで知るしかありません。

 貴族年鑑ですら、当主の髪や目の色、家族構成しか載っていません。それに高いので、よほど裕福か、高位貴族でなくては買えません。

 紹介された場合は紹介者が身元を保証しますが、囁きは身元が保証されていないあやふやな情報です。高位貴族は囁かれた名前で一方的に見知っておくしかありません。

 つまり、再従兄弟の婚約者以外は王族でもなく、囁かれるような高位貴族ではない、ということです。

 ですが、囁かれるような高位貴族は人気高いか、悪名高いかで、有名ではない高位貴族の可能性も無視できません。公爵のお気に入りの孫の子爵令嬢など、高位貴族ではなくても、要注意の人物もいます。

 子爵以下の家では近くの領地の高位貴族以外と知り合う機会は少なく、男爵未満の一代貴族の家でも近くの領地の男爵以上の貴族自体と知り合う機会はありません。

 その上、子爵以下は百家ではすみません。我が家と同じ一代貴族だけで数百家あるのですから。


 再従兄弟の婚約者は男爵か子爵の家。その他の少女たちの爵位は分からないと、きたものです。

 私は助けを求めようと、踵を返します。すぐに囁きで名前を知っている黒髪の美男子学生――人気高い高位貴族を見付けました。


「助けてください。この先で一人の女生徒が詰め寄られています」

「! わかった。君は教員を連れて来てくれ」

「はい」


 ふう。これでなんとかなりました。

 人気があるだけあって、ノブレス・オブリージュの精神に満ち溢れた方で助かりました。

 あとは言われたとおりに先生を連れて行くだけです。




 ◇◆◇




 あのあと聞いた話では、再従兄弟の婚約者は吊し上げられていた少女の婚約者と浮気相手を応援していて、可哀そうな二人の為に婚約解消するように言っていたそうです。

 貴族の結婚をなんだと思っているのでしょうね?

 彼女はシシリア叔母様のご子息と結婚する前に浮気相手と出会ったりしたら、婚約解消を申し出てくるのでしょうか?

 結婚の準備もありますし、気軽に婚約解消をすることはシシリア叔母様に大きな迷惑をかけます。

 婚約解消するならするで、相手の家が没落しそうだ、事業提携をしなくなった、王家や公爵・侯爵家等の不興を買ったなど、正当な理由が必要です。

 それを惚れた腫れたで、婚約解消しろと言い出す令嬢は、貴族として如何なものかと思います。

 上流階級の有象無象と言われる我が家のような一代貴族の家は兎も角、シシリア叔母様の嫁ぎ先はれっきとした貴族です。再従兄弟の婚約者も同様の家柄でしょう。

 なのに、この体たらく。

 お母様に事情を説明して、シシリア叔母様にこの吊し上げ事件を伝えてもらいました。

 この事件が吊し上げかどうかは問題ではなく、彼女が再従兄弟の婚約者として相応しい貴族の令嬢かどうか、が問題でした。



 ある日、偶然、再従兄弟が元婚約者と王立学校で顔を合わせました。


「何故ですか? 何故、婚約解消だなんて・・・?」


 納得がいかない元婚約者に再従兄弟はバッサリ言いました。


「貴族の令嬢なら、貴族らしく、家の判断に従い給え」

「そんな・・・! 式の日取りだって、もう、決めるはずだったのに・・・」

「君はエグモント卿の婚約者に対して、婚約を解消するように言ったそうだな」

「それがこれと何の関係があるんですか?」

「浮気者たちの為に身を引く家風は我が家とは合わない。式の日取りが決まる前に、こんな大事なことがわかって良かったよ」

「それぐらいで、婚約解消するのですか」

「それぐらいじゃない。ノブレス・オブリージュが何たるかを知らない、持たざる者の考え方しかできない令嬢を家族に迎えて笑い者になる気はない」


 貴族の婚約はこんなものです。

 相思相愛でも、家の利害で別れます。

 性格不一致でも、家の利害で結婚します。


「言って良いことと悪いことがありますのよ?!」

「下位貴族の令嬢が伯爵令嬢に対して婚約解消しろと言うことは、言って良いことだと思っているのか? 子爵と高位貴族の間には越えられない身分の壁があるんだぞ」


 家の家長でもない者に言われて婚約解消する根拠など、何もないのです。

 家長の判断に背いて婚約破棄することは、家を捨てて出ていく宣言をするものです。


「!!」

「それに、俺にも愛する相手がいる。黙って、身を引けるだろ? エグモント卿の婚約者に対して、婚約を解消するように言ったのだから」

「こんな女のせいでっ!」

「・・・!」


 これまた偶々、話していて一緒にいた私に再従兄弟の元婚約者は掴みかかって来ました。

 それを再従兄弟が払いのけてくれます。


「人には別れろと言っておきながら、自分の時は往生際が悪いな」


 本当に。

 ついでに、私は親戚だと言ってください。


「なんで、そんな身分のない女が選ばれるのよ!」

「母の親友の娘だ。幼い頃から交流がある。所謂、幼馴染というやつだな。幼馴染との愛を応援してくれ。好きなんだろう、そういう親が決めた婚約で辛い思いをしている恋人たちが」

「・・・・・・」


 再従兄弟の元婚約者は呆然となりました。


 勝手なことを言わないでください。母親同士が仲が良い従姉妹で、幼馴染なだけです。

 愛情=シシリア叔母様のおまけぐらいにしかありません。




 ◇◇◆




「と、いうことがあったのよ」


 私は幼馴染に愚痴りました。

 ダンテもまた私と同じように一代貴族の家の生まれです。卒業後の進路は騎士団に入ることが決まっています。顔もまあ、強面でも美形でもなく、騎士によくいるような、ごく普通です。高位貴族に生まれていたら、良い評判で有名だったでしょう。これは身内の欲目ではありません。


「へえ」


 まったく共感していない、他人事な相槌を打たれましたが、愚痴を聞いてもらっている身です。言いたいことを言いたいだけ、言わせてもらいましょう。


「私を隠れ蓑にして、元婚約者を諦めさせた再従兄弟は数年前に一代貴族になった商家の令嬢と婚約したわ」

「すごい人だね」

「前から気になっていたんですって」

「それじゃあ、レオナのおかげで婚約解消できて、ラッキーだったじゃん」

「再従兄弟はね。吊し上げをされていた伯爵家のご令嬢は、あの時、助けてくれた高位貴族の男子学生と婚約したそうよ」

「そっちもラッキーだったんだ」

「でもね、あの流れなら、再従兄弟と婚約する流れでしょ? それか、高位貴族の男子学生と婚約する流れじゃない?」

「そんなご都合主義な流れはまずないよ。伯爵家のご令嬢だって、浮気する婚約者に耐えたご褒美をもらってもいいし、非常識な婚約者を立てていた君の再従兄弟も意中の相手とうまくいくご褒美をもらってもいいだろうし」

「私とじゃ、ご褒美じゃないっていうの?」

「人それぞれってことだよ。現に君の再従兄弟とは十年以上の付き合いがあっても、名前で呼ぶことすらないじゃん」

「はあ~。婚活、頑張らないと」

「婚活するのが億劫なら、俺と結婚しない?」

「ダンテと?」


 一番近くにいて、私のことをよくわかってくれているダンテと結婚かあ。

 今まで、近くに居すぎて、傍にいることが当たり前だった幼馴染との関係は、こうして、変わったのでした。

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語り手が人の名をふんわりとしか認識していないのか、固有名詞が極端に減らされているので、登場人物のカラミが呑み込み難いです…… たぶんコミカライズされたら(人物の描き分けに難がある筆者でなければ)分かり…
主人公のツッコミ、再従兄弟の煽りが的確で笑いました。
よくある流れに乗らず、でもある意味よくある流れ(実はずっと側にいた幼馴染)に終着したのが楽しかったです。 ただ、よくある流れに乗らなかったせいか、又従兄弟とか高位貴族、吊し上げられたご令嬢と言う記号…
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