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英雄に向かない男

「フッ まあ、そうだな。自分だけ一足先にダムロトに戻った辺り、シャルディムのコイツらに対する気持ちが透けて見えるが、可愛い弟君の名誉を回復するためにも、ここは旅を共にするのも良いかもしれんぞ?」


 冒険者たちを指差す彼は嘲笑を浮かべていた。どうしてこうも顰蹙(ひんしゅく)を買おうとするのか。プリュイメラには意味が分からない。


「ちょっと、ラゴウ。あなたは黙ってて」


 確かに、ラゴウの言う通りだった。だが、彼は大事な点を一つ見落としている。


「私はそれでも良いが。だがラゴウ。今から戦艦に向かうとしてダムロトに向かう前に、竜殺しの英雄様は軍人たちの手厚い艦隊を受けると思うが?」

「クッ…………」


 思いっ切り苦虫を噛み潰して顔を(しか)めるラゴウ。歓待を受けるのが余程嫌なようだ。気の毒過ぎて不憫(ふびん)に思えた。


「すまんがヴァレーリャ、そういう訳だ。コイツが軍に迷惑を掛けぬよう、見張り役は必要だ」


 せっかくの申し出を断るのは気が引けたが、やはりプリュイメラはラゴウを一人にできなかった。


「もぉ~っ ラゴウのバカッ どうしてそんなに性格が悪いのっ⁉」

「安心しろ。そこのゴミの掃き溜め連中よりは遥かにマシだ」

「そーゆートコだよッ⁉」


 吐き棄てるラゴウに声を大にして反論するヴァレーリャ。このままだと二人の痴話喧嘩ちわげんかは収拾が付かなそうなので、彼の背中を押して足早においとまさせてもらった。

 すっかり暗くなった村を二人で走る。彼にとって幸いだったのは、それを呼び止める人影がないこと。


「まったく。馬鹿はどうしようもなく人の時間を吸い尽くそうとするから害悪なのだ。時間の無駄も、ここに極まれりだ」

「口が減らんな?」


 忌々しげに吐きてるラゴウに、プリュイメラはあきれを通り越して感心していた。

 関所は村の自警団が警護している。彼らに事情を話して扉を開けてもらい、手厚いお見送りを背に二人は戦艦へと急いだ。


 周辺警護をしている軍人に再び事情を話して乗艦許可をもらうと、船体背部の格納庫から入れてもらえた。邸宅の広間以上の空間は魔法の明かりで煌々と照らされ、その中心には解体された黒竜の抜け殻が安置されていた。


「いやぁ、遅かったね。村人からの歓待は、随分と熱烈だったようだねえ?」


 肩を震わせ、声を上げて笑うネフィリス。その脇にはディシプルが控える。ネフィリスが鋼殻を手にし、冒険者や軍人が鋼殻と睨めっこをしている辺り、まだ検分は終わって無いらしい。


「それにしても、まだ終わらないのか?」

「ああ。トラヴァースの冒険者からの情報提供もあったおかげで、色々と解析が進んでいるんだ♪」


 プリュイメラが尋ねるとネフィリスは嬉々として答えた。二人の冒険者はイクリジオとスキア。

 彼らによると、この黒竜は耀雲竜ネガゲリュオン。およそ六百年前に猛威を振るったドラゴンと同種族らしい。つまりは伝説の竜。強かったのも頷ける。


「成程な。シャルディムが早々に換金しに行く筈だ」

「? どういうことだ?」

丸儲まるもうけだ」

「ああ……」


 丸儲まるもうけ。その一言でプリュイメラは全てを察した。希少極まりない伝説のドラゴンの鋼殻だ。法外な値段が付いてもおかしくはない。それを冒険者たちに悟られるよりも早く換金することで、神殿の儲けにつなげるつもりなのだろう。抜け目が無いというか(したた)かと言うか。


 これは呆れるべきか感心するべきか判断に窮する。何も分かって無さそうな冒険者二人が困惑している中、騎竜(クエレブレ)が戻って来た。当然ながらシャルディムは居ない。本当に帰ったみたいだ。


 ラゴウが竜騎士(ドラグーン)を呼び止め話しかけると、鋼殻の売却で得た五十万ピルクを村長に届けるため戻って来たのだという。その内の二十万ピルクは領主への上納金だと言うのだから本当に抜け目がない。二人がネフィリスに視線を向ければ、悪戯っぽい笑みでニヤニヤしていた。何も分かっていない冒険者と違って。


「それで。冒険者からの情報提供から、具体的に何が分かったのだ?」


 舎房に戻っていく騎竜(クエレブレ)の背を見送りながら、ラゴウがネフィリスに話を振る。冒険者たちに鋼殻の値段を言及させないのはさすがの手腕だ。


「ああ、そうだね。二人の話によるとネガゲリュオンは二回の形態変化を行った。見ての通り、格納庫に置かれているアレらの鋼殻がそうだ。そして驚くべきことに、それぞれ異なる手法が採られていたようなんだ」


 ディシプルを手招きすると、近付いて来る小柄な少女は両手にそれぞれ異なる鋼殻を持っていた。ネフィリスはその二つを指先でなぞる。後になぞった方は粘性のある液体か何かが付着しており、指を離すと糸が引いた。前者が第一形態、後者が第二形態の鋼殻。


「溶解した体組織か。まるで羽化か何かだな」

「ええ、そうです。しかも一定時間の仮死状態を経た後での」


 眼鏡男子のイクリジオが指先でブリッジを持ち上げながら呟いた。確かに不思議だ。昆虫や昆虫型の魔物には乾眠かんみんで死を擬態ぎたいする種族もあるし、羽化する種族も存在する。しかし、その二つを同時に行う種族は未だ見たことがない。そしてそれをやってのけるドラゴンなど、初めて聞いた。プリュイメラは驚きを隠せない。


 エウリュアレが読んだことのある資料では、かつて存在した王国ヌヴェルスは四度戦った後に討伐したという。形態変化を経るなら、回数が重なるのは無理もない。ただ、そのことが失伝しているというのは少し気に掛かる。ネガゲリュオンは腕や尻尾の杭を射出することはしっかり脅威と認識されて文献に残っているのに。


「で? 教授殿はどう見ている?」


 再びネフィリスに話しを振るラゴウ。ディシプルやシャルディムの義肢義眼のように、生体傀儡せいたいくぐつを作成できる彼女はドラゴンの骨肉を扱うことに関しては専門家であり、南洋の島嶼国家イノシュ・ペルルではその知識を活かして教鞭も取っている。もっとも、検分に積極的なのは彼女の強い知的好奇心が意欲の源泉みたいだが。


「そうだねえ。可能性として考えられる推測はいくつかあるが、憶測おくそくの域を出ないからねえ。ただまあ、文献の中で四回中三回は全滅の憂き目にっていることを考えると、その形態変化を目撃した人間は殆ど死に絶えた。という見方もできるんじゃないだろうか?」


 そうして、最終的に残った死体だけが解剖されて体内構造を調べられた。因みに第三形態の死体は、焼け残った筋肉の中から金属片らしきものが見つかり、それが発電体質の要である発電板の疑いがあるとの事。それ以外には分厚い脂肪など、文献通りの体内構造だったらしい。成程確かに、彼女の推論は筋は通っているようにも思える。


「ただまあ、一つ言えるのは。二人の話を聞く限り、どうにも魔法による形態変化の可能性が高そうだ」

「どういうことだ?」


 疑問に首を傾げるプリュイメラ。イクリジオたちの話によると、形態変化は一瞬で行われ、羽化に関しても体感一分も無かったという。プリュイメラも思い返してみれば、魔力の胎動を感じてからそれほど時間が経たないうちに最終形態を目撃したような気もする。


 通常の羽化は数時間を要する事を考えれば確かに、それは魔法と呼ぶべき現象なのかもしれない。そして、様相の異なる形態変化の課程から彼女は、それに関わる術式は二つあるとにらんでいた。


「けどまあ。王国が滅んでいる以上、情報が虫食い状態で不完全なのもしかたないんじゃないかな?」

「確かに、そうだな……」


 ヌヴェルスという王国はもう存在していない。ヌヴェルス十竜譚によれば、最後は黄昏の竜によって一夜にして崩壊したらしい。デューリ・リュヌが伝える歴史が正しければ、それは四百年前の事。国を一瞬で消滅させるドラゴンなんて、まるで超獣(ゴライアス)の如き強さだ。そんな大惨事を後世に伝えようとする執念には頭が下がる。


 その後、ネフィリスの講義を聞き終えた二人は艦長に取り次いでもらい、明日の朝一でダムロトに騎竜(クエレブレ)を二翼、飛ばして欲しいと掛け合った。

 艦長は二つ返事で了承してくれ、夕食について尋ねられるとまだ食べていなかったのでご相伴に預かる運びとなった。


 食堂に行くと、手透きの乗組員が英雄の姿を一目見ようと大勢詰めかけており、艦長の厚意で歓談の席が設けられた。


「食事くらいは静かに、穏やかな時間を過ごしたいのだがな」


 本人は嫌そうだったが、プリュイメラは渋々了承させた。

 食事を摂りながら、不貞腐れるラゴウは次々と飛んで来る質問に対し誠実な回答を繰り返す。聞けば、彼は度々亜竜を一人で狩ってるという。


 その話は軍人たちを大いによろこばせた。瞳を輝かせ、憧憬しょうけいの視線をラゴウに送るその様子は寝物語をせがむ子供のようで見ていて微笑ましい。

 次第に熱を帯びていく中。一人の軍人の何気ない一言でその場が凍り付く。


「そう言えば、今回討伐に協力したという冒険者は、ラゴウ様にとってどう映ったのですか?」

「何?」


 憮然ぶぜんとしていた顔が不快に顔を(しか)めた。それだけで、食堂は水を打ったように静まり返った。沈黙が場を支配し続ける中、ラゴウはうんざりしたように溜め息を吐く。


「連中の実力は認めよう。だが、そのクランの長と俺たちがヤツらといない時点で、そのほかの部分はお察しだ。ただまあヴァレーリャ、俺たちに同行して乗艦した魔道士(メイジ)については話が別だ。後は何も言えん。悪口にしかならんからな」


 言い終えるや否や、スプーンに(すく)った雑穀の油(いた)めを口に放り込む。


「…………」


 軍人たちは視線を見合わせ、気まずい沈黙が流れた。

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