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 サグヴォを惨殺ざんさつされた直後に連れ去られてしまった時はさすがに生きた心地がしなかった。まるで半身が()がれたような喪失感を味わった。

 だからメルティナは嬉しさのあまり、シャルディムの胸に飛び込んだ。優しく受け止めてくれた彼を見上げると、口元をほころばせているのが見えてメルティナも満面の笑みを浮かべた。


「信じてました♪」

「うん、ありがと。君も、無事で何よりだ……」


 赤鬼の半面の下で恥ずかしそうに顔を逸らすシャルディム。その様子が微笑ましくて、舞姫は破顔した。優艶(ゆうえん)な笑みに視線を向けると、彼は口をとがらせた。


「なんで、そんなに嬉しそうなんだよ?」

「フフ♪ なんででしょう?」


 メルティナは優艶な微笑を湛えて目を細める。そんな彼女の様子にシャルディムは尻尾を揺らし、顔を赤らめて背ける。それが可愛らしくて、舞姫は目尻を下げた。

 二人は無言のまま、どこかこそばゆい空気が流れる。


 それを破ったのは、紫紺の鎧に身を包む獣人(アニムス)の女性。つややかな桜色の髪を三つ編みにした彼女はせき払いを一つする。


「まあ、その。なんだ、シャルディム」

「さっさと冒険者連中を乗艦させろ。イチャつくのは他所でやれ」


 憮然ぶぜんとした鬼人(オーガス)の青年は赤銅色の鬼面が大量にあしらわれた鎧を纏っていた。趣味が悪い。メルティナは思わずムッとした。


「わかってるよ……っ」


 宝石獣(カーバンクル)とシンを両手で愛玩あいがんしながらバランたちに乗艦を促した。既にラスタードやカナリアは搭乗とうじょうしているらしい。


「それで、グラキエースは……」

「え?」

「ああっ えっとね、さっきも言ったけど、初戦での大魔法(グランキャスト)では人体なんて、一瞬で蒸発しちゃうからっ⁉」

「そうか……」


 彼女は寂しそうに顔をうつむけた後、遠くを見つめた。だが、いかづちに焼かれたのはガブリエルの話だ。グラキエースではない。不審に思い首を傾げて鬼面を覗き込むと、気まずそうに視線を逸らした。ちょいちょいと小さく袖を引っ張り、弁明を求めた。すると彼は獣人アニムスの彼女に背を向け、メルティナにグッと顔を寄せる。


「面倒だからグラキエースもロッコも、全員ネガゲリュオンにやられたって事にしてるんだ」


 話合わせて。声をひそませてとんでもないことを口にしていた。確かに、腕利きの精鋭が内輪()めで死んだなんて格好が付かない。理屈は分かる。

 メルティナが振り返ってネガゲリュオンの抜け殻に目を向けると、軍人たちが手分けして複数のなわ繋索けいさく騎竜(クエレブレ)で吊り上げている所だった。


「あれは……?」

「ああ。研究のために軍の施設に持って帰るんだって」


 シャルディムが答える。といっても、村やトラヴァースの取り分は確保する算段が付いているらしい。その事も含めて説明するために乗艦させているとの事。


「それで、その、なんだ。二人は、つ、付き合っているのか?」

「は?」

「え?」


 ほおを桜色に染めながらも真剣な表情で、獣人女性が尋ねて来る。シャルディムとメルティナは互いに顔を見合わせ、すぐに気恥ずかしくなって目を逸らし身体を離した。それでも追及は続く。


「で、どうなんだ?」

「ちっ 違うよ?! あって数日で付き合うとか、どう考えてもおかしいからっ」

「そ、そうでございますっ 私とシャルディム様は、そのような関係ではありませんっ」


 慌てて否定する二人。顔を火照ほてらせながらも、一抹いちまつ寂寥せきりょうを感じていたメルティナだった。

 その後メルティナも乗艦すると、居住区の一室に通される。トラヴァースの面々が着席し一堂に会す中で、見知らぬ顔もちらほら見えた。


「初めまして。わたしはヴァレーリャ。『漆黒の嚆矢(こうし)』のニフテリザが代表を務めるクラン、『守護天使ガーディアンエンジェル』のクランメンバーで、ルプセナとは結構な付き合いなの。魔道士(メイジ)をしてるわ。よろしくね♪」


 緋色ひいろを基調とした道士服の女性が破顔して竜尾をしならせ手を振る。驚くメルティナの周囲がざわめく。それはそうだ。幻獣級(ファンタズマランク)が率いる血盟(クラン)の一員なんて、普段は滅多にお目にかかれない。メルティナ自身、リリアーヌのツェーニャやカナリアとは全く面識がなかった。


「『百鬼』のラゴウだ。久々にかつての戦友(とも)を尋ねてみたくてな。来て早々、面倒事に巻き込まれた訳だが。まあ、退屈しのぎにはなったな」


 笑い声に肩を震わす鎧姿の青年。こっちは幻獣級(ファンタズマランク)の冒険者その人。誰もが驚きを隠せない。その中でも、カナリアは常軌を逸してた。


「ラゴウっって、まさか、セントとパーティーを組んだって言う……」

「ああ、そうだ。懐かしい名を――」

「あの人は、あの人はどこに居るのっ⁉ それを知るためだったら私――――――脱ぎますッ!」

「ちょっと、カナリアっ」


 冷静さを欠くカナリア。もはや取り乱していると言っても過言ではない。


「おい、シャルディム。あの露出狂はなんだ?」


 カナリアを指差し、うんざりした様子でシャルディムに説明を求めるラゴウ。


「ああ、ホラ。カナリアだよ。前に自分で言ってたじゃん。セントを嗅ぎまわる女有翼人(セイレーン)の冒険者が居るって」

「ああ――」


 思い当たる節があるのか、納得した様子で頷く。そんな彼とは対照的に、未だツェーニャに羽交い絞めにされたままのカナリア。


「まあ、落ち着け。全ての話が終わってからなら、俺が知る範囲での情報を教えてやらなくもない」

「本当ですかっ⁉」


「いいから落ち着け。話はそれからだ」

「ほら、カナリア。ああ言ってる事だし……」


 忌々しげな視線をカナリアに送るラゴウ。耳元でささやくツェーニャに促され、肩で息をしながらも振り乱した(とび)色の髪を手櫛(てぐし)で整え始めた。

 一時騒然となった室内が沈静化し、咳払いが一つ。紫紺の鎧をまとった獣人アニムスの女性が桜色の髪を揺らしてから名乗った。


「トラヴァースの諸君、お初にお目に掛かる。私はアルジャン・リュヌ二番隊副隊長、プリュイメラ・デュシエールだ。そして、シャルディムの腹違いの姉でもある」

「は?」


 突然のカミングアウトに驚いたのは他でもない、シャルディム本人。部屋の中が再びざわめく。


「心配するな、シャルディム。詳しくは後で話そう」

「…………」


 プリュイメラが優しい眼差しをシャルディムに向けた。一方、事態を上手くみ込めてない彼は硬直して困惑を隠し切れていない。

 少年は以前、天涯孤独だと打ち明けていた。家族が増えるのは喜ばしい事なので、メルティナは素直に嬉しく思った。


 あんなに頼りがいのある姉ができて、シャルディムも嬉しいだろう。ただ、受け止めきれていないようなので、メルティナは彼の手をそっと握ってやった。ひんやりとした手が、少しずつほぐれていく。すぐに握り返して来てくれた嬉しさに、純白の舞姫は目を細め微笑を浮かべた。


 それ以外にも、伝令役の軍人が皆の前であいさつした。見届けた後でバランが手を挙げて結論を急ぐ。


「それでシャルディム。ネガゲリュオンの方はどうなった?」

「あ、うん。間違いなく、殺したよ」


 調子を取り戻した彼は、皆に語り始める。

 地上に着陸する前。甲板上で息絶えるネガゲリュオンを三十分以上放置。その後何も起こらなかったので、トラヴァースを乗艦させるために降下して来た。


 現在もネガゲリュオンが異変を(きた)したという報告もないことから、絶命の判定が覆る事もないだろう。シャルディムはそう結論付けていた。

 そして、ここからが本題。シャルディムは改めて仲間たちの顔を見渡すと、話の口火を切った。


「まず、結論から言うけど。今回の手柄は軍に譲ることにしたから」

「え――――」


 メルティナは思わず声が漏れた。手柄を譲るという事は即ち――


「心配しなくても、取り分はちゃんとあるよ。それに加えて、口止め料として、シャルディムが十万ピルクほど上乗せしたから」


 ラスタードが皆の不安を先回りし、払拭ふっしょくするようにシャルディムの話を補足する。それを受け、安堵の声がちらほらと聞こえた。

 それと、これから村の方に着陸して彼らの方にも二十万ピルクを補償する予定だと軍人が説明した。後は軍の方で全て接収。研究材料として各機関に供されるようだ。因みにラゴウとプリュイメラは今回、金品の類を受け取らないらしい。


「別に金に困っている訳でもないしな」


 ラゴウの言葉にプリュイメラも同意した。プリュイメラは騎士団に所属しているから分かるが、ラゴウも金銭的に余裕がありそうなのは意外だった。

 幻獣級(ファンタズマランク)は爵位を賜っているものの土地が与えられるわけでもなく、税収は見込めない筈だ。


「ラゴウ様は、蓄財でもおありなのでしょうか?」


 メルティナは率直にいてみた。すると彼は口端を吊り上げる。


「ああ。シャルディムとセント。二人と冒険していると、金策には困らなかったからな。金が有り余って、方々に隠したくらいだ」


 大笑するラゴウ。先日、シャルディムが話した通りの人物。メルティナの心境は複雑だった。


「それは、復讐ふくしゅう者から金品を巻き上げたからか?」


 どこか非難めいた眼差しをマイラはあくどい英雄に送っていた。

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