連行
「おやおや。随分とお若いようですね。失礼ですが、ひょっとしてまだ成人を果たしておられないのですかな?」
大仰に瞠目してみせ、すぐさま人のよさそうな笑みを貼り付けた顔を傾げる。
「ご心配には及びません。今年で十六になります」
「それはそれは」
この世界では十五歳から成人と見なされる。ナタナエルはくしゃくしゃにした顔のシワをさらに深めて鷹揚に頷く。
ここで下手に謙ると、相手を調子付かせることになるのでシャルは堂々と胸を張る。
「しかし、残念でなりません……」
「残念、とは?」
再び視線を下げるナタナエルにマイラが聞き返す。
「事前にご連絡下されば、こちらでも人員を派遣したり、もてなしてあげられましたのに……」
肩をすくめ、苦笑する。仕草が一々芝居がかっており鼻に突く。だが、それを顔に出さないだけの理性がシャルに働いた。
「別に、観光しに来たわけではありませんので」
あくまで羽休めに立ち寄っただけ。それが偽らざる本心だった。
「そろそろ、本題に入っても?」
短く淡々とした語調で進行を務めるマイラ。冷静で何より。
「ええ。良いでしょう」
卓上で指を編む組合長は突き出した腹をテーブルの下に隠して相好を崩す。食えない狸。シャルは内心、彼をそう評した。
ナタナエルの話はこうだ。
メルティナが一時的に身を寄せているパーティーが彼女を巡って言い争いをしているのをナタナエルが偶然発見し、その身柄を一時的に保護。事情を聞いている裡、何やら不正に手を染めているかのような口振りが気になってそこを追及するとメルティナが激しく動揺。そのまま逃走を図った、との事。
「なるほど。そういう顛末なら――」
「全然違います!」
オクタヴィアの言葉を遮ってメルティナが抗議。怒りに任せてテーブルを激しく叩き、椅子を倒して立ち上がった。興奮して肩で息をする彼女に耳目が集中する。
「では、次にメルティナ。君からも事の経緯を説明してもらいたい」
まずは座れ。鋭い眼光で威圧するマイラにたしなめられると、息を呑んだメルティナ。
気を取り直して居住まいを正してから瞑目してから呼吸を整え、着席した後に先程シャルが聞いたのと同じ旨の話をもう少し深く掘り下げてマイラに聞かせた。
どっかの狸と違い、特に嘘を言っている様子はない。
「そうは言ってもですね、メルティナさん。こちらは、仲間からの証言で言質をとっているのですよ?」
「なっ――」
紺碧の目を白黒させて絶句する。どうやら、とっくに買収済みのようだ。数時間も逃走劇を切り広げていれば、機会はいくらでもあっただろう。中々に強かだ。下半身はだらしなくとも陥穽に抜かりはない。
曰く、色目と思わせぶりな言動で男性陣をたぶらかして金を横領したとか、依頼主に色仕掛けをして法外な報酬を巻き上げたとか。
「嘘……ウソ……、――――っ」
青ざめた顔でうわ言を繰り返すメルティナ。
かつて互いに命を預けて戦った仲間たち。そんな彼らが、ありもしない事実で自分を売るなんて。
人の悪意に晒された彼女は、震える肩を自ら抱き寄せる。まるで、暗がりの中へ閉じ込められたように。
顔面蒼白のメルティナを他所に、マイラが視線で訴えかけて来る。どうするのか、と。
シャルは左右に首を振る。こうなっては仕方ない。
彼女を助けるなら、投獄された方が手っ取り早い。
「そうか。それならもう、我々が口出しできることはないな」
「だね」
「え――――」
赤鬼の半面を被り直したシャルとマイラは席を立つ。それをメルティナは愕然として見送る。
「手間を取らせてしまいました」
「いえいえ、そんな。こちらこそ、至らぬことばかりで……」
マイラとナタナエルが礼を交わす。
「ちょっと待ってください!」
悲鳴交じりの声。しかし、誰も同情はしない。
「いい加減、往生際が悪いさぁ!」
アッシュが扉を開けると、鎧を着込んだ衛兵が雪崩れ込んで来た。窓の方へ逃げようとするメルティナをマイラが背後から組み伏せる。
「これ以上迷惑をかけて罪を増やすな。庇い切れんぞ?」
「離してください! わたくしは本当に……、信じてください!」
涙ながら必死に訴える。しかし、それで絆される彼女ならそもそもこの場に呼んでない。
「信じてくれないと、解っているから言うのだろう? そんなのは下の下策だ。本当に信じて欲しいのなら、口が裂けても“信じて”などと自ら口にするな」
「そんな……っ」
やがて、武器を手に二人を取り囲んだ衛兵たちが縄を取り出しメルティナを縛り上げる。
絶望に沈んだ彼女は項垂れるばかりで抵抗することなく連行された。
扉が閉まるとシャルとマイラ、アッシュたちが部屋に残される。
「よぅ、クソガキ。下らねぇヒーローごっこができて満足だったか?」
挑発的な笑みを見せるアッシュが腰を低くして煙管の煙を吹きかけ、鬼面を覗き込んで来る。
「ひょっとして挑発してる?」
「だったら何だ。反論でもあるさぁ?」
「ないね」
アッシュの顎を蹴り飛ばした。咥えていた煙管が宙を舞う。
仰け反った上体を起こすのに合わせて飛び掛かり、純白の狩衣を翻して相手の鼻っ柱に爪先を叩き込む。中に仕込んだ鉄心が相手の鼻をつぶした。その反動を使い反転。もう片方の足で蹴りで旋毛のすぐ後ろを撃ち抜き、顔から床に沈めてやった。
「悪いね。これでも神職の端くれだから」
冒険者風情に舐められたとあっては、神殿の沽券にかかわる。
「まったく。ここの組合は、職員にどういう教育をしてるのかな?」
「大変申し訳ありません」
シャルが向き直ると、折り目正しく頭を下げたオクタヴィア。
「テ、メェ……ッ」
鼻血を噴き出しながら立ち上がるアッシュ。シャルの靴の爪先には鉄心が仕込んであったがどうやら、けっこう打たれ強いらしい。
「やめなさい、アッシュ」
「なっ――――」
ナタナエルの穏やかな声が部屋に響く。殺意の炎を燃え滾らせていた赫灼の青年が毒気を抜かれて立ち尽くす。
ナタナエルが仲裁に入ったことで呆けていたアッシュだが、すぐに怒りの炎を再燃させる。
「ざけんなっ 先に手を出してきたのはそっちさあ! どうしてこっちが下手に出なくちゃなんないさあっ⁉」
やはり、本当に何も分かっていなかった。シャルディムとアッシュ。どちらがガキか、分かったものではない。
「いいですか、アッシュ。彼は、この場で神殿の守護職として名乗っています。それがどういう事か。貴方に分かりますか?」
「あ? そんなの単に、自慢してるだけさぁ」
全然違います。ばっさりと否定されてアッシュはしょげた。
「立場のある人間を罵倒したり手を出しては、その人の立場がなくなります。そして立場とは、本人が望んでそこに収まるのではなく。上役がその人を信じて任ずるから、その立場に収まるのです。つまり人の立場をなくすという事は、信任した上役の立場も無くなるという事です。言ってる意味が、解りますか?」
ナタナエルは組合の長に相応しい厳格さをもって朗々と説教する。
これで貞操観念がもう少しマトモなら。シャルは胡乱な視線を鬼面の下から彼に送る。
「オレっち、頭悪くてよくわかんねぇけど。メイワクがかかるってことで良いさぁ?」
「ええ、そうです。貴方がこれ以上暴れると、わたしやオクタヴィアの立場がなくなります」
鷹揚に頷くナタナエルに対し、バツが悪い顔を浮かべるアッシュ。ようやく自分が何をしでかしたかを理解したようだ。あくまで少しだけ。
「とりあえず。そこの置き土産を譲ってくれるなら、今回のはガキのケンカってことで不問にしてもいいよ?」
アッシュの素行に興味がないシャルは、メルティナの所持品である双剣を指差した。組合の長は二つ返事で了承した。
口を開きかけたアッシュを、オクタヴィアのゲフンゲフンという咳払いが遮る。それが面白くないらしい彼はヘソを曲げて腕を組み、顔を顰めて不貞腐れた。
「それでは我々もお暇するとしよう。仲間を待たせている事だしな?」
「…………」
パーティーの指揮をほっぽり出してきたシャルディムには、大変に耳の痛い言葉。居た堪れなくなって顔を背ける。
「お手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」
頭を下げて示す殊勝な態度。これ以上駆け引きをするつもりはないので、自らの非を認め下手に出ておく。
「フン」
鼻息を荒げるアッシュ。見かねたオクタヴィアが彼の名を呼んで咎めた。
「もしよろしければ。遠路はるばるお越し下されたお二人には今宵、ささやかながらおもてなしを、と考えているのですが?」
「お気持ちだけもらっておきます。何分、予定が押しておりますので」
社交辞令を社交辞令で返し、シャルとマイラは執務室を後にする。