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殺戮のケモミミヒーラーは人助けがしたい  作者: 三津朔夜


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33/210

炎上

 胸元を隠す華奢きゃしゃな腕を、丸太のような腕がむんずとつかみ上げ引きはがされた。口角を吊り上げ垂涎(すいぜん)する男の顔に、紺碧こんぺきの瞳を涙で潤ますメルティナは恐怖しか感じない。両腕を片手で拘束されると、戦慄せんりつした顔を小さく横に振ることしかできなかった。


「まったく、うるさいったらないね……」


 うんざりした少年の声が響く。その瞬間、メルティナの拘束が緩む代わりに巨体が覆い被さる。好機とばかりに床から必死に()い出すと、首を()ね飛ばされた男が床に転がっていた。その様子に彼女は青ざめる。


「なん、で……?」


 自身の胸元を見れば鮮血に染まっていた。そして首から染み出す血の池。

 意味が分からない。酔っぱらいや丸まっていたカトルは別としてもシャルディムとバラン、ナガル以外の船内に居た仲間は全員拘束されていた筈だ。周囲を見渡しても凶器となった刃物は勿論、下手人の姿も見えない。戦場の狂熱が水を打ったようにしずまる。


「だ、誰がやっ――」


 マイラを組み敷いていた男は、言葉を途中で遮られる。鋼殻製のダガーで首を()ねられたからだ。彼の横に立つのはラスタード。両手にダガーを携える彼は捕縛されていなかった。少年はベージュのマントを脱いであられもない姿の彼女に掛けると、頭をきながら息を吐く。


「本当にうんざりするよ、女の悲鳴はさ。頭にキンキン響いて、聞くにえないんだよね」


 言いながら投擲とうてき、白刃が冒険者の頭に深々と突き刺さり絶命させる。


「っざけんな! テメェ、仲間がどうなっても――」


 首をねられ、最後まで言わせてもらえない。瞬間移動にも似たアレは、巫術師(メディウム)の術式【飛翔(ソアラ)】。


「ああ、良いよ別に。戦いで人は死ぬものだし、その内訳に是非を問うつもりもない。ただ、できれば女共から順番に殺してくれるとありがたいね。僕は前のクランで、散々な目に遭わされたから……」


 暗く沈んだ恨み節。それを口にしながら手当たり次第に殺していく。人質のことなど、最初から一顧だにしていなかった。


「ああ、わかったよ。なら、お望みどおりに――」

「もっとも、僕の攻撃の前に無防備を(さら)せるんならね?」


 少年は抱える程の大きな手裏剣を倉庫鞄(ストレージ)から取り出し、投げ放って次々とその凶刃で敵を(ほふ)る。皆がその軌道に気を取られていると、既に彼の姿は消えていた。


「まさか、【隠形(ステルス)】……?」


 それは忍者が使う術法の一つ。気配を攪乱(かくらん)させ姿を(くら)ませる。巫術師(メディウム)と忍者では奉ずる神が違うので術の精度は落ちるが、【飛翔(ソアラ)】と組み合わせることで完全に敵勢力を眩惑(げんわく)《げんわく》していた。


「クソッ どこに居やがるっ⁉」


 弓使いがつるを引き絞って周囲を索敵、それでも見つからない。やがて首をねられ、放たれた矢が仲間の頭に命中。仲良く死亡。

 もはや、形勢は逆転していた。

 不意にラスタードは足を止め、思い出したように天井を仰いだ。


「ああ、言い忘れていたよ。ウチのクランリーダー、あの極悪で有名なブラッドヘイズだから」

「なっ――」


 その悪名を知っている者たちは一様に驚愕の表情を浮かべた。しかし公式記録がある手前、少年の主張は否定される。


「フカシこいてんじゃねえっ ソイツはとっくにくたばってんだろうがっ⁉」


 悲鳴のような声を上げるのは、大柄な有角人(アントル)の青年。


「外で戦ってるシャルディムがそうなんでしょ? マイラ」

「ああ。そうだ」

「なっ――」


 その事実にメルティナは絶句した。マイラが知っていたとは初耳だった。もしかすると、テレーゼやダムロトの冒険者組合(ギルド)の何人かは知っている可能性があった。


「ウソだろ……」

「マジかよ……」


 襲撃に来た冒険者たちの間に戦慄せんりつ動揺どうようが広がっていくのが分かる。


「何が言いたいかっていうとさ。ウチはイカれたクズが勢揃せいぞろいしてるから、人質ひとじちを取っても無駄だってこと」


 言い終るや否や、ラスタードは何の感情もなく淡々と殺戮(さつりく)を再開した。ただ彼の台詞を受けても、誰も人質を解放しない。

 当たり前だ。現に彼の登場まで人質は有用に働いていた。それを意に介さない彼が異常なだけなのだ。


 それに数を減らした今、拘束を解いたとしても他のトラヴァースの面々に殺されるのは確実。手離したくても離せないのが実情だった。


「ったく、人が楽しく風呂に入ってるってのに……」


 長風呂から上がって来た魔女が、魔晶石の散りばめられた大きな杖を手に二頭の赤竜を背負って戦場に立つ。その金色の瞳は、怒りで爛々(らんらん)と輝いていた。

 竜のあぎとから火球が放たれ、直撃を受けた男が頭を焼却されて死体になった。


「オオオオオオオオオオオオオオッッ」


 鎧を着込んだ大男が向かって行ってエウリュアレを襲う。赤竜の火砲に(さら)されるも防殻が遮断。大剣を振り上げた瞬間、鎌首が伸びて兜に牙を突き立てる。防殻も結界も、攻撃の瞬間は展開されない。弱点を熟知した冷静な対処だった。


 彼女は赤竜二頭の首を伸ばして絶命した鎧男を絡め取り、自身の頭上に掲げるとその舌で滴る鮮血を受け呑み込む。美味しそうに恍惚(こうこつ)を浮かべる様子は、まるで人食いの魔女。その残忍さにメルティナは恐怖を覚えた。


 その後、ほおに跳ねた血を指先でぬぐいながら、死体を猛烈な勢いで敵の一人に投擲(とうてき)。大質量の砲弾は直撃した一人を絶命させるのに十分すぎる威力を放った。


「よしよし。いい子ね♪」


 妖艶ようえんに微笑む魔女は赤竜の頭を撫でる。目を細め、喉を鳴らす仕草は猫のよう。死体を作り出した直後にそれをする辺り、彼女もラスタードに負けずとも劣らぬ異常者であった。


 そんな異常性とは別に、気になる点が一つ。幻獣の一部だけを顕現させる技術だけなら珍しくもない。けれど、ここまで近接戦闘に応用できる繊細で俊敏(しゅんびん)な操作はお目にかかったことがない赤竜の魔女の底知れない実力の一端が窺える。そして、これほどの実力者が『血霧(ブラッドヘイズ)』の下に居ることも不可解だった。


 それから、殺到した冒険者たちが駆逐されるのに大した時間はかからなかった。迫り来る蹂躙の爪牙に彼らは成す術もなく食い散らかされた。

 逃げようにも障壁が邪魔をして脱出できない。シャルディムの【難攻不落(インプレナバル)】が塞いでいた。


 戦場は血風が舞う惨状と化し、舞台の主役はラスタードとエウリュアレ。虐殺に何の感慨も抱かない二人の独壇場だった。

 やがて船内に静寂が戻ると、死体をどけて皆が立ち上がる。ミュリンなど死体に慣れてない数人の冒険者は口に手を当て、未だにうずくまっていた。


 たった一日で何度も死体を目にしたメルティナは呼吸を整えると足に力を込め、辛うじて立ち上がって乱れた浴衣を直す。


「ねえ。さっきブラッドヘイズがどうとか言ってたけど。本当なの?」


 どうやら、エウリュアレも聞いていたらしい。


「知らない。どうなの? マイラ」


 少年から話を振られたマイラが口を開きかけた瞬間、舟が横揺れ。次に船室が一瞬で炎に呑まれ、中は灼熱の火炎で蒸すような熱気に包まれる。鳴りを潜めていた魔眼の仕業(しわざ)に違いなかった。


「ああ。これが例の魔眼ね」


 部屋が赤く染まり、パチパチと火の粉が爆ぜる音が響く。煙が立ち込め炎に巻かれているにも拘らず、小指を唇に添え妖艶に微笑むエウリュアレ。彼女は二頭の赤竜を操り、火炎弾で天井に大穴を穿(うが)つ。いつの間にか障壁が消失していた。


「ラスタード」

「命令しないでくれる?」


 エウリュアレが振り返ると、褐色の少年は既にダガーから得物を錫杖(しゃくじょう)に持ち替え、魔力を練って魔風を放っていた。


 水を操る術式【水流(カレント)】。船外の河の水が大蛇のごとく柱状に立ち昇り、鎌首をもたげて大穴に突入。大量の水が炎を洗い流し、中に居たメルティナたちはその奔流(ほんりゅう)に翻弄された。


 伏せて。エウリュアレが警告しなければ今頃、流されて運河に投げ出されていたかも分からない。

 船内を暴れ回った河水のお陰で消火の目途が立った。しかし、安心する暇もなく別の勢力が水浸しの船内にやって来る。報奨(ほうしょう)金目当ての冒険者たちは他にも居た。


「どうやら、良い感じに漁夫の利が狙えそうだな」

「っしゃああっ ツイてるぜ!」

「言ってろ馬鹿が!」


 死体から武器を奪ったグラキエースが床を疾駆して吶喊(とっかん)し、先頭の男を刺殺。再び戦端が開かれた。今度はトラヴァースも奪った武器で応戦していたので、敵を全滅させるのに時間はかからない。


 数の暴力は機能せず、むしろ集団心理が働いて敵は序盤から恐慌状態に陥ってたちまち総崩れした。何人かは川に飛び込んで逃れたらしい。音を立てた水柱が教えてくれた。


「まったく。冒険者ってのは、馬鹿しか居ないのか?」


 敵の全滅を確認した後、グラキエースが忌々しげに吐き棄てる。悪罵とも取れるそれにはマイラが反論した。


「心外だな。だが、一発逆転や一攫千金(いっかくせんきん)を夢見る短絡的な人間が集まりやすいのも確かだ」


 そういう人間だからこそ、冒険者にちる。散乱する死体を冷ややかに睥睨(へいげい)する彼女は、最後にそう締め括った。


「そんなことより」


 顔を(しか)めるロッコが厳しい視線をマイラに投げ掛ける。


「ブラッドヘイズについて、オレたちが納得のいくように説明してもらおうか?」


 その瞳には、怒りの炎が宿っていた。

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