おやつは変人を引き寄せる
10年も時間が経つのは早いものだった。
お父さんはあの日から更に家に帰ってくることが少なくなった。
お姉ちゃんは高校を卒業した後、恋人と一緒になるといってこの家から出ていってしまった。大好きなお姉ちゃんが幸せなのはこちらも嬉しい。結婚式のウェディングドレス姿のお姉ちゃんは綺麗だったのだろう。
お兄ちゃんだけが僕とこの家に残った。学校にも遊びにも行かない僕を1人にさせないためなのか社会人になってもずっと家にいた。
職場の近くに住めばいいのに僕のために長い時間をかけて仕事に行くお兄ちゃん。
部屋から出ない僕に毎朝「行ってきます」と言って仕事に行くお兄ちゃん。
何も返事をしないのに扉越しに話しかけてくれるお兄ちゃん。
なんでこんなに構ってくれるのか分からない…でもそんなお兄ちゃんに甘えているのも事実であり、僕はお兄ちゃんが大好きだった。
だけどずっと僕がお兄ちゃんの人生を縛っている気がして、申し訳なくて、気まずくて、話すことも会うことも出来ない。
そんな日々が僕の日常になってしまった。
とある雨の日
僕は小腹が空いたので地下の銃撃場に足を運んだ。温かいおやつが食べたい気分だったから、撃ち立てホカホカの薬莢を作りにきたのだ。部屋を出るのは嫌だけど使用人に撃って部屋まで持ってこさせるとかなり時間がかかってしまうので、お兄ちゃんがいない時間帯にいつも銃撃場に行く。
銃を構え、的に向かって撃つ。バン!!と大きな音を立てた後に薬莢が外に放り出される。それをタイミングよく左手で掴み、ホカホカのまま口の中に入れ込み、細かく噛み砕く。リロードして照準を合わせている間、長く味を楽しむ。撃っては食べ、撃っては食べを繰り返していると腹が膨れてきたので、ここらで終わりにしようとイヤーマフを外し、撃っていた「ベレッタM92FS」も食べながら部屋に戻ろうとした。
体を出口に向けると荒い息遣いで僕に視線を送る人間がいた。数年ぶりに会う人間、そしてその人間は僕の手を握ってこう言った。
「君、そ…その銃を私にも撃たせてくれないか」
「………はい?」
今にも襲いかかってきそうな人間は言った。うちの一族は全員武器を食べるから接触する人間に注意するのはもちろんだが、その本拠地と言える家に客人を呼び込むこと自体ほぼありえないことなのだ。他にあり得るとしたら僕たちの命を狙う輩や内部情報を知りたいやつ、…もしくは変態。
とにかくこの人間はヤバいやつということが脳裏を過ぎった。
そこからの行動は早かった。まだ弾薬が装填されている「ベレッタM92FS」を人間に向けた。
「手を上げろ、ここに来た目的を話せ」
怪しい人間はすぐさま手を上げたが、やはり雰囲気が今までのヤツらと違う。大体の人間は銃口を向けられたら怯えるものだと記憶していたが、なんだかより一層喜んでいる気がする。息遣いは更に上がっている気がするし、僕よりも銃のほうに視線がいっている。
「なあ君それは『ベレッタM92FS』じゃないか?米軍から警察まで幅広く制式採用されていて、世界で最も有名な拳銃と言っても過言ではないあの『ベレッタM92FS』じゃないかい?」
「そうだが、僕が聞いているのはそんなことじゃない。貴様、早くここに来た目的を話せ。でないと貴様の脳天にこいつをぶち込む」
「ああ!わかった、わかったから目的を言ったらその銃を私に撃たせてくれないか?1度でいいから頼む!!」
やばい。こいつマジでイカれてるやつだ。
とりあえず僕の命を狙っているやつじゃないことはなんとなく察した。それでもヤバいやつなのは変わらないので集中を切らずにそいつに銃口を向ける。牽制のために足元にでも一発撃ってやろうとコッキングをすると横から手が現れ、強い力で銃を奪われた。
仲間がいたと思い、僕はその奪った手に一発蹴りを入れた。それでも銃を離さなかったので距離をとり、一旦体勢を持ち直した。
「痛ったいなー、安心しろよ来夢。俺だよ俺」
「え…お兄ちゃん…?」
その声は紛れもなくお兄ちゃんだった。何故僕の銃を奪ったのか、そしてあの変人を庇ったのか…
その答えはすぐにわかった、お兄ちゃんの客人なのだと。
「おい。勝手に出歩くなって言ったよな?なんで地下
に行ってるんだよ」
「こんなにも拳銃の音が聞こえるなら行くのは当たり前だろう!!!しかもなんだこのとんでもなく素晴らしい場所は!ロマンというロマンが詰め込まれた神聖な射撃場!火薬の匂いで肺が幸せで堪らないじゃないぞ!!!」
「お!ま!えなぁー!!こんなことをもう1回でも起こしてみろ!この大雨の中1人だけ外で寝かせるぞ!!」
2人はガミガミと言い合ってお互いの思いをぶちまけた。お兄ちゃんは結構本気で怒っているようだった。けれど怒っているけど、どこか心配で喜んでる感じがする。僕はそんな風に言い合えるお兄ちゃんの大切な友達に手を出そうとした。怒られるのは僕のほうだ。
そうやって不貞腐れているとお兄ちゃんはそれを察したのか僕の頭を撫でながら話してくれた。
「来夢、ごめんな変なやつ家に呼んじゃって。こいつはシュ…じゃなくて、黒澤って言うんだ。俺の友達でさ、今日は外が大雨だろ?一日だけ泊まらせてやろうと思っているだけど、いいかな?」
いつもの優しいお兄ちゃんに変わって僕に了承を求めてくる。撫でられている頭が暖かくて、優しくて全然話せない僕の心をゆっくり溶かしていくようだった。
「うん…いいよ」
「ありがとう、じゃあお部屋に戻ろう。他にも変なヤツがいるけど会いたくないなら言うんだよ。兄ちゃんがなんとかするから」
「お、おい!私はどうすればいいんだ!それともここにいてもいいのか!?」
「そこの使用人がアイツら全員がいる部屋に案内してくれるから、しぃっっっかり!ついて行けよ。」
僕の手をしっかり握りながら話すお兄ちゃんはどこか楽しそうだった。気まずくて話せなかったお兄ちゃんはやっぱり優しくて、勝手に引き離して会わなかった僕がバカだった。
今なら少し勢いに任せて話せるかもしれない…そう思い、僕はお兄ちゃんのほうを向いた。
「…お兄ちゃん、おかえりなさい」
「……!ただいま!」




