Why does it exist?
【W】hy does it exist? : 何故存在するのか。
時計塔の鐘が夕暮れを告げる。
掃除をしていた手を止めた。
窓から夕日が差し込んでいる。
カウンターを出て、扉にかかった欅の看板を半回転させる。
崩し字で書かれた「Open」の文字。
この店は夕方から営業開始なのだ。
今日は林檎がたくさん手に入ったので、パイとタルトを作った。
オーブンから香ばしく甘い匂いが漂ってくる。
そろそろ焼き上がる時間かと小走りでキッチンへ戻った。
火傷に気をつけて取り出し、それぞれを切り分ける。
少し蕩けた黄金色の林檎が食欲を唆る。
焼きたてのうちに、この前仕入れた紅茶に合わせたい。
ただ、これらはあくまで商品だ。
名残惜しい気持ちを残しつつ、他の料理やスイーツ、ドリンクなどを用意する。
今日は金曜日なので、明日は自分用に何か作ろう。
カランコロン、、。
休日の過ごし方を思案していると、ドアが開く。
いらっしゃいませ、と言いかけて口を噤んだ。
「ち・こ・く。」
余裕の立ち振る舞いで入ってきた焦茶の髪のマスク野郎。
名は浅葱天音。
この店唯一の従業員である。
開店の30分前には来るようにと伝えているはずなんだが。
汗ひとつかいてないし、急いだ素振りはない。
「何回言えば分かるんだお前は?」
“スマソ。困ってるおばあちゃんがいたから見てたら。”
「言い訳とするなら助けてやれよ。まあいい、取り敢えず早く着替えてこい。」
“おkす。”
もう紙で会話するのも手慣れたものだな、とふと思う。
あいつの書く速度が尋常じゃないだけなのだが。
いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
営業時間中なのだ、仕事をしなければ。
、、とは言ったものの。
大方準備が終わってしまったので、人が来ないと仕事は始まらない。
「今日はそういえば軍の定例会の日か。」
『Caffe Parliament』。
街外れにある個人営業の喫茶店。
この国を執り仕切る「人民統制軍」本部拠点のすぐ近くに位置するため、職務終わりの軍人御用達の店となっている。
曰く、夕方から夜という時間帯に、絶品の料理やスイーツ、各種ドリンク、そして酒が楽しめる場はそうないらしい。
テーブルは少なめのこぢんまりした店だが、連日賑わいを見せている。
「という時期もありました、、と。」
それも数ヶ月前の話である。
今では一般兵と呼ばれる軍人はほとんど姿を見なくなった。
それは一体何故かというと。
カランコロン、、。
ベルは無情に現実を告げる。
「やあマスター、今日は林檎の良い香りがするな。」
にこやかな笑みを浮かべた、この御方のせいである。
週一土曜投稿を画策しておりますが、現在書き溜めは5話分しかありません。
対戦よろしくお願いします。
美味しい林檎タルトを作ってくださる方を心よりお待ちしてます。