機人の少女②
「あわわわ――」
茶髪の女の子は、更に男の腕を締め上げる。だが、その表情は何処か焦った様子だ。
男の声は悲痛から悲鳴に変わり、見ていた仲間達も流石に立ち上がる。
「おい、ねーちゃん。その手放せよ。さもねーと……」」
男のひとりが武器を握る。安っぽい、使い古された棍棒のような物。
戸惑っている女の子に、男は棍棒を振り下ろした。
ガチンッ! エルクは女の子と男の間に割り込み、振り下ろされた棍棒を大斧で受け止めた。
「なっ⁉」
「えっ⁉」
間一髪間に合ったエルク。
そのまま男の腹に蹴りを入れ、その場から距離を取らせた。
「大丈夫か⁉」
「あっ、はいっ!」
そう声を掛けるエルクに、茶髪の女の子は答えた。
が、ビックリしたせいで女の子は男の手を放してしまっていた。
ゴロツキの集団は目の色を変え、ふたりを睨みつける。
「てめーガキ、何の真似だ⁉」
「真似も何も、お前らこそ女の子ひとりの何の真似だ。嫌がってんだろ!」
少年の叱責がゴロツキに飛ぶ。
脅威も感じない言葉に、男達は怯むはずもない。
「あぁ? そこのねーちゃんは店員だぞ。だから俺らのテーブルにも来いって言ったんだよ。そしたら断りやがるから――」
「ですから……、私は店員さんじゃないんですよぉ……」
男の話を弱々しく否定する。
何やら事情がありそうだ。
「私ここのお店の人とは昔から知り合いで、今回久しぶりにお会いしたんです。それで店長さんと立ち話をしていたら……」
泣きそうな顔で必死に当時の状況を伝える女の子。
なるほど、と納得するエルク。
要はゴロツキ達は、彼女が店長と話していたから店員と勘違いしていただけなのである。
「じゃあ、結局お前たちが悪いじゃないか」
「悪い正しいの話じゃねーんだよ。そこのねーちゃんは俺たちの要望を断った。だったら無理やり言う事を聞かせるのが俺達のやり方ってもんよ」
そのやり取りを店の中で見ているルフラン。
隣の店員がソワソワしながら話しかける。
「な、なぁ。アンタあの子の用心棒なんだろ、助けに行かなくていいのか?」
「確かに用心棒だが、同時に教師でもある。この程度ひとりで何とか出来ないと、この先やっていけないからな。……あっ、コーヒーお代わりね」
スパルタだなぁ……、と店員はルフランのカップにコーヒーを注ぐ。
「それに自分で助けたいと啖呵を切ったんだ。ある程度筋は通して貰わんとな。私が助けに行くにも、数が多かったら割にあわんだろ」
「アンタ本当に用心棒だよな?」
そうだが、と一言。
ルフランはコーヒーを飲みながら、眼をキラキラさせる。
「それにしても、ここのコーヒーは美味いな! 挽きたての香りに、後からくる独特な苦みは人を選びそうだが、それでいてくどくない。あっ、もう一杯頂けるか?」
「……ああ」
何杯飲むんだよ、と呆れる店員。
芳しくない表情に、不安になるルフラン。
「え? 食後のコーヒーは飲み放題なんだよな?」
「まぁ……そうなんだが……」
ルフランは一応有料ではない事を確認する。
節度の問題だよ、と思いながら呆れる店員だった。
その頃エルク達はというと、いつ戦闘になってもおかしくないほど状況は逼迫していた。
相手は全部で五人。皆立ち上がり、手には武器を握っている。
ここは戦場になると、飲食店の客達は外に避難する。
エルクからしてみれば、願ったり叶ったりだ。
「キミは後ろに下がって」
「は、はいぃ!」
女の子はそう言うと、エルクの後ろに隠れる。
「やっちまえー!」
号令と同時に動く、前方にいたふたりのゴロツキ。
ふたりとも狙いはエルクのようだ。
エルクは向かって来るひとりに、散々練習した「ロックショット」の魔法を唱える。
手から放たれる土の塊は、先頭を走っていた男の額に直撃し、その場に倒れ込む。
後ろにいた男は魔法の存在には気付いた。
が、時既に遅く、お腹にエルクの大斧の面が直撃し、そのままうずくまって倒れてしまう。
「このガキ……、テメェ魔導士だったのか⁉」
「す、すごい……!」
驚きを隠せない、ゴロツキ達と茶髪の女の子。
「へん、まだやるのかよ⁉」
武器をゴロツキ三人に突き出す。
すると、三人のうちふたりはエルクの魔法にビビッてしまい、後退りを始めてしまう。
「おい、何ビビッてやがる! 次は三人だ、三人ならあのガキに勝てる!」
怯えたふたりは正気を取り戻すと、残りの三人でエルクを狙い打つ。
先ほど同様、ひとりは来る前に魔法で処理する。
前方からの攻撃は大斧で防ぐが、後ろから来るもうひとりには手が回らない。
「やばっ――!」
やられる……と思いきや、背後から攻撃しようとした男はのびてしまっている。
その後ろには、拳を放った女の子が。背後から頭をぶん殴ったのである。
「あわわわ――」
「おっ、サンキュー!」
エルクは受け止めていた男の武器を弾き返し、男の顔面に拳を捻じ込む。
強烈な一撃を貰った男は、そのまま飲食店のテーブルに頭から突っ込んだ。
湧き上がる歓声。店の周りでエルク達を見ていた人たちは、ふたりに拍手を送る。
「ありがとうございます、お兄さん!」
茶髪の女の子はエルクに礼を言う。
照れくさいのか、女の子が可愛いからか、エルクは頬を赤くして照れている。
そんな祝福ムードの中、先ほどテーブルに突っ込んだ男はまだあきらめていない。
突っ込んだテーブルは元々ゴロツキ達が座っていたテーブルであり、そこには他の武器も置いてあったのだ。
手に持っているのはクロスボウ。
油断しているエルクに狙いを定めている。
「食らえや、糞ガキ!」
引き金を引こうとした瞬間、男の頭に赤紫色の生温い液体が滝のように流れ落ちる。
液体の正体はワイン。
後ろから瓶を持ったルフランが、男の頭にぶっかけていたのだ。
「えっ⁉」
「酒なら私が注いでやる。好きなだけ飲め」
訳が分からない状況に硬直するゴロツキ。無表情で男にワインを浴びせるルフラン。
中身が無くなったのか、ワインの滝は枯れてしまった。
「終わり?」
「ああ、終わりだ」
ルフランは手に持っている空き瓶で男の頭をぶん殴る。
鈍い音と共に、ボウガンを持った男はその場に倒れ込んだ。
「先生⁉」
「最後まで油断するな、バカタレ」
そう言うと、ルフランはエルクの所に近づく。
「だが、初戦にしてはまぁまぁだ。よくやった」
「厳しいなぁ……」
エルクを褒めたルフランは、その後ろを覗き込む。
「おい、さっきの子はどこ行ったんだ?」
「ああ、あの子ならさっきお礼を言って帰っちゃったよ」
無事か、と尋ねるつもりだったが要らなかったようだ。
「そうか。じゃあ私達も宿に戻ろう。エルクは今日疲れてるし、これ以上の面倒事は御免だからな」
そう宿に戻ろうとした時、ルフランは肩を叩かれる。
肩を叩いていたのは、ルフラン達が食べていた店の店員だった。
手には会計の紙を持っている。しかも、気持ち悪いほどの満面の笑み。
あわよくば払わないで済むかもと思っていたが、世の中そんなに甘くないと痛感したルフランだった。
――――――――――
次の日の朝。
いつもより早く起きてしまったエルクは、軽く汗を流すため宿屋の裏庭へ足を延ばす。
切り株には薪割り用の斧が刺さっており、一本の大きな木が天然の日除けを作っている。
「くっそぉ……、全然眠れなかった……」
卒検合格、初めての外の世界、ゴロツキとの戦闘。
身体は疲れているはずなのに、それを上回るほどの緊張感を昨日一度に浴びてしまったエルク。
初めて遠足に行った時のようなドキドキ感。
下級魔導士としての独り立ちは、彼の頭に濃厚なアドレナリンをバンバン放出させていた。
「仕方ない、ガラじゃないけどちょっとだけ汗を流そう」
エルクは上着を脱ぎシャツ一枚になると、その場で大斧を持ち素振りを始める。
ガサガサ――。葉と葉が擦れる音と共に、数枚の葉がエルクの頭上に落ちる。
「退いて、退いてくださーい!」
「ん?」
次の瞬間、エルクの頭に大きな落下物が木の上から降って来た。
「ふぎゅ――――」
落下物のせいで、エルクは仰向けに倒れる。
と同時に、彼の視界を大きな布が遮った。
「だ、大丈夫ですか?」
聞き覚えのある、女の子の声。だが、今そんな事はどうでもいい。
不思議と柔らかく、温かい落下物は、エルクの呼吸さえも遮っていた。
「フガフガフガ――!」
「ひゃわ――っ!」
エルクはやっと落下物から解放されると、大きく息を整える。
倒れた身体を起こし、何があったのか確認する。
「あー死ぬかと思った! ……ってあれ?」
目の前にいたのは、猫を抱えた少女がいた。
ロングの茶髪で、白いスロングカートが特徴の女の子。
前日、ゴロツキに絡まれていた、あの女の子だ。
「キミは……、昨日の?」
「は、はい! さっきはごめんなさい!」
そう言うと、頭を下げる茶髪の女の子。
謝罪の動作に驚いたのか、手に持っていた猫は腕から飛び降り、一目散に逃げて行った。
「猫?」
「はい。あの猫、この木に登ったのは良いのですが、降りられなくなったみたいで……」
そのため、この女の子は木に登って猫を助けようとした。
が、木から足を滑らせて落下してしまう。
「そこに俺がいたわけね」
「す、すみません……」
再び謝る女の子に、「大丈夫だよ!」とアピールする。
その姿を見て、女の子にもやっと笑顔が戻った。
「そういえば、キミ名前は?」
「あっ、すみません! 昨日助けて頂いたのに、名も名乗らないで帰ってしまって」
女の子は肩に掛かった髪を、後ろに払い、エルクに名を名乗る。
「私の名前はハル。ハル ロフトランドです」
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