追放されたい悪役令嬢 VS ドMヒロイン、時々ちくわ
「いきなりですが、追放されるためにあなたをイジメさせてもらうわよヒロイン! 大変申し訳ないけれど、売れるためにはわたくしが追放される必要があるのよ!」
そう、この作品が売れるためには公爵家の令嬢であるわたくしが、たまたま庶民で転校してきたヒロインをイジメて追放されなければならないのだ。心が痛むが、しょうがない。
「はい! 喜んで! そのために色んな道具を持ってきましたわ、悪役令嬢お姉様!」
ショックで泣くと思ったが、まさかのノリノリである。このヒロイン、もしかして変態か?
「それではお姉様のために持ってきた、これとこれとこれと……これもいいですわね!」
次々と並べられていく変態凶器の数々。ざっと三十近くはあるだろうか? オーソドックスな鞭や蝋燭はもちろんのこと、剣や斧、ギロチンまである。このヒロイン、死ぬ気か?
「あああああっ、あなた、死ぬつもりなの!? 殺傷能力の高い物ばかりじゃない。
「これでいいんですわ!」
「良くないわよ!」
あくまでイジメなのだ。イジメで殺してしまっては成り立たない。まあそれでも追放はされるだろうが、肝心の物語のヒロインが死んでしまっては始まるものも始まらない。
「さあさあ選んでくださいまし。私のオススメはこの何でも切り裂く伝説の剣ですわ!」
「選ばないわよ! なんでそんなもの持ってるのよ! というかさっきから思ってたけど、どうして庶民のくせにお嬢様言葉なのよ!」
これではどちらがヒロインか区別がつかないではないか。まあその他にも突っ込むところがたくさんあるのだが、文字数がとても多くなるので割愛した。
「……それにずっと気になっていたけれど、これはなにかしら?」
数々の拷問道具(もはや処刑道具であるが)に目を通していくと、ひときわ目立つ変わった物が目に入った。庶民の食べ物にとても良く似ている。魚肉のすり身を竹などの棒に巻きつけて作る、魚肉練り製品の一つにとても酷似していた。
「ちくわとはまたお目が高いですねお姉様、それにマニアックですわ!」
「やっぱりちくわよね!? これちくわよね!? なんでこんなものがあるのよ!」
というかこれってネタで持ってきたんじゃなくて、本当にこういうことに使うものだったの? 分からないわ。庶民の趣味がわからないわ!
なんだか怖くなってきた。この女とこれ以上付き合ってもいいのだろうか? 数々の凶悪な道具を用意できるのもあって、自分の身の危険を感じた。
「私はいつも真面目ですよ! さあ、それで存分にイジメてくださいませ! ハリー!」
怖い、怖いわ。でも今更止めるなんて言ったらもっと怖い目に合いそうだわ。だからとりあえず付き合わないと……
ひとまず指示された通りにちくわを手に取り、適当にほっぺの辺りを叩いてみた。
「えいっ、えいっ!」
ぺちっ、ぺちっ、と気の抜けるような音がする。どうやら本当にちくわらしい。ちくわ型の極悪凶器じゃなくて安心した。
「いいですわ! いいですわお姉様! もっと、もっとちくわでイジメてくださいませ!」
あんあんといい反応をするヒロイン。顔は紅潮し、汗だくになっている。なぜこんなくだらない食品で興奮できるのだろう。処女の私には到底理解できない。いや、こいつも処女だったか。
「えいっ、えいっ!」
なおもちくわでイジメ続ける。興奮が頂点に達したのか、ヒロインの表情は俗に言う【アへ顔】になっていた。これではエロいのを通り越してドン引きである。というかちくわにそんな興奮要素なんてあっただろうか?
勘違いしないで欲しいが、ちくわは加工食品である。そう、食べ物だ。
「あひいいいいいいいえええええええええい!」
馬鹿かこいつは?
「えいっ……えいっ……」
いや待て、こいつに付き合っているわたくしも仲間ではないか?
「さすおね、さすおねですわ!」
止めて欲しい、わたくしを褒めないで欲しい。そんなに褒めてしまったら、このド変態よりもド変態になってしまうではないか……
「えいっ……えいっ……ぐすっ、何やってんだろわたくし」
とうとう心が折れてしまい、手が止まってしまう。本当に何をやっているのか……
「いきなり正気に戻るの止めてください。変態プレイでは御法度ですよ!」
「やっぱりこれプレイでしたのね! 何に付き合わせてるのよ!」
怒りに任せてヒロインのお尻を思いっきりちくわで叩いた。所詮はちくわかな、ぺちんっ、と軽い音がするだけでいい音はならなかった。心底どうでもいい。
「あひぃん! 今のいいですわ! もっと、もっと叩いてくださいまし!」
「っていうかこの短編タイトルの【時々ちくわ】ってなんですの!? こんなの時々どころか、もろにちくわじゃない! タイトル詐欺もいいところよ!」
ぺちーん! と地面に思いっきり叩きつけた。ぺちーんとは擬音であって本当にそんな音はしていない。ぺちっ……が正しい。心底どうでもいい話だが。
「あああああああ、ちくわが! 食べ物に当たるのは止めてください!」
「いきなり正論を言うのは止めなさい! このド変態が!」
「ありがとうございます!」
今度は平手でヒロインのお尻を叩く。今度はパチーン! という軽快ないい音がなった。そうだ。これこそがSMプレイというものである。正直スッキリした。
「はぁ、はぁ、まったく。あなたが喜んでちゃ意味ないじゃない。これじゃあいつまでたっても、わたくしは追放されませんわ! この作品も終わりよ!」
そう、実際はイジメられたヒロインが悲しみに暮れ、攻略対象と出会い、悪役令嬢ざまぁからの追放をされなければ作品が完成しない。今はそういう時代なのだ。そして回りまわってわたくしが主人公で幸せになる作品が作られ――
「何か勘違いしておいでですが、お姉様が追放されるのは未来永劫ありませんよ?」
「なんでよ?」
何を言ってるんだこのドM。悪役令嬢なら追放されるのが当然であろう。追放されない悪役令嬢なんて悪役令嬢では無いのだから。
「だってこの国の王子どころか、国民みんながドMじゃないですか」
「あ……」
おわり
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