17
「そろそろ帰りましょうか」
アリサは立ち上がり帰ろうとした。
その時、俺の手を握ってこう言った。
「またお話してくださいね。待っていますよ」
俺は嬉しくなってつい抱きしめてしまった。
「ちょっ、いきなり何するんですか!?」
「ごめんなさい、あまりにもアリサが可愛すぎて……」
少々未練を残しながらアリサを手放す。
「もう、お姉様困りますよ、こんなとこ誰かにでも見られたら……」
「そうよねごめんなさい、次からは気を付けるわ」
「わかってくれればいいんですよ。それじゃあ失礼します」
「えぇ、じゃあ帰りましょう」
俺はアリサと一緒に馬車に乗り込んだ。
――
俺はアリサを部屋に見送ってから自室に戻った。
そして自室に戻るなりベッドに倒れ込んだ。
俺の顔は緩みきっているだろう。
アリサの温もりがまだ残っている気がする。
俺はしばらくベッドの上でゴロゴロとしていた。
すると、突然扉が開いた。
「お嬢様失礼します、リヒト様がお見えになりました」
シャルロットさんがそう告げた後リヒトが現れた。
リヒトは相変わらず無表情だが、どこか嬉しそうな顔をしているように見える。
俺はリヒトを部屋に招き入れ椅子に座らせる。
リヒトは俺の向かい側に座り、早速本題に入った。
「エリー、急で悪いが次の豊穣祭のパートナーになってくれないか?」
リヒトがいうには次の豊穣祭で一緒に踊る相手が欲しいとのことだった。
もちろん婚約者だし断る理由もない、俺は快諾した。
それを聞くとリヒトは
「よかった、じゃあ広場の噴水前で待ち合わせしよう」
そういって段取りを決め始めた。
そして、日時と場所が決まったところで、今度は俺の方から質問をした。
なぜ俺なのかということだ。
俺よりもいい相手なんていくらでもいるはずだ。
しかし、リヒトの答えは意外なものだった。
リヒト曰く、俺と一緒にいると落ち着くらしい。
女性恐怖症のリヒトが唯一普通に接せられるのが俺というわけだ。
俺も男性恐怖症を経験してるからこそわかる。
俺自身もリヒトといると落ち着く。
話が合ったところでお互いにパートナーとして豊穣祭で踊ることに決めた。
俺はこの世界に来て初めての祭りを楽しみにしていた。
――
豊穣祭当日、豊穣祭は夜からなので俺は夕方から身支度をしていた。
「むぅ困ったわ、どの服を着て行けばいいのかわからないわ」
そんなこんなで悩んでいるとドアをノックする音がする。
「はいどなたでしょう?」
「シャルロットです、お嬢様、お召し物にお困りと聞いたので少しでも助けになればとお伺いにきました」
おおこれは心強い。彼女は入ってくるなりこう言った。
「お嬢様の晴れ姿、我がフォンティーヌ家としても全力をもって尽力させてもらいます」
あぁ~やっぱ家の看板背負う身としてはそうなるのね、俺甘く見てました。
シャルロットさんはテキパキと準備を始める。
まずは化粧だな、うん……顔いじられるのってなんか変な感じするんだよなぁ。
でも、これは仕方ないよな。
それにしてもメイクアップアーティストって凄いな、別人みたいだわ。
次に着付けフリフリのついた適度な露出度のフリルドレス?
そして最後に髪をセットしてもらい完成だ。
鏡の前に立ち自分の姿をまじまじと見る。
おぉっ!
これが俺!?すげぇ美人になってる!! まるで別人じゃん!!こんな美少女が俺だと誰が思うだろうか?自分で言うのもなんだがマジで綺麗すぎる。
これなら男達から声をかけられるのも納得だ。
「お姉様!」
振り向くとそこにはアリサの姿があった。
「お姉様綺麗……」
いやいやそういうアリサも今日の為に誂えてもらった服を着て髪も整えてもらって可愛いじゃないか、流石は俺の妹!っていやいや感心してる場合か。
「アリサも綺麗よ、お人形さんみたい」
そういうとアリサは頬を染めながらもじもじとしてお礼を言ってきた。
「ありがとうございます、私もお姉様みたいになれるかなぁ……」
「ええ勿論なれるわ、だって貴女は私の妹なんだもの」
そうするとパッと花が咲いたように笑顔になる。
「えへへ、嬉しいなぁ……お姉様からそんなこと言ってもらえるなんて」
そして私はアリサの頭を撫でる。サラサラとした髪はとても触り心地が良くていつまでも撫でていたくなる。
「さぁもうすぐ豊穣祭が始まるわ、急ぎましょう」
お互い褒め合いながら俺達は部屋を出た。
向かう先は玄関ホール、そこにはリヒトがいた。
いつもとは違うフォーマルな格好をしている。
こうして見るとかっこいいんだけどな。
俺は少し緊張しながらリヒトに声をかける。
そして、リヒトがこちらを向く。
すると照れくさそうに
「綺麗だな」
と呟いた。
俺は思わず頬を赤く染めてしまった。
その様子にリヒトはクスッと笑みを浮かべていた。
それから二人で馬車に乗り込み会場に向かった。
馬車の中で俺はふと思ったことを口に出した。
それはリヒトの服装についてだった。
いつもラフな恰好だから違和感があったのだ。
するとリヒトは俺の言葉に答えてくれた。
どうやら普段は動きやすい服しか持っていなかったらしい。
そして今は公爵家の令嬢である俺の隣に立つため正装しているとのことだ。
俺はリヒトを改めて見直した。
リヒトは本当に優しい人だと思う。
――
馬車が止まり、俺達が降り立つとそこは既にお祭り騒ぎになっていた。
そこにあるのは食べ物、飲み物、音楽、踊り、様々なもので溢れかえっていた。
俺はつい見惚れてしまっていた。
リヒトはその様子を見て、俺の手を取りこういった。
「さあ行こう、今日は楽しむために来たんだろう? 」
そうだ、今日は楽しまなくちゃいけない。
俺は元気よく返事をし、手を引っ張られながら祭りの中へと入っていった。
祭りを回っているとリヒトはある店の前で足を止める。
そこはアクセサリーショップのようだ。
中に入ると、リヒトは店員に話しかける。
どうやら何かを探しているらしい。
暫く探すと目的の物が見つかったようで、それを持って俺の元までやってきた。
「これ、今日の記念に……」
そう言って装飾の施されたネックレスを渡してくれた。
「わぁ嬉しい、ありがとうリヒト、早速つけてみるわね」
そう言って手渡されたネックレスをつける。
「どう?似合ってるかしら?」
「ああ、とても似合ってるよ」
嬉しさのあまり口を噤んでしまう。
「それでは一曲踊っていただけませんか」
そう言ってリヒトは手を差し伸べる。
俺はその手を取り踊りに向かう。
今日の日のために厳しいダンスレッスンを受けてきたんだ、足を踏むようなドジは犯さないはず。
そうして曲が始まりダンスをする。
今のところ上手く踊れているようだがついつい不安になる。
そんな俺を見てかリヒトは大丈夫だと声を掛けてくれる。
それに勇気づけられたのか次第に自信が湧いてくる。
そして曲が終わり、お互いに礼をして終わる。
その後、また祭りを楽しむことにした。
祭りを楽しんでいるうちにすっかり夜になってしまった。
そろそろ帰らないと行けない時間だ。
名残惜しかったが、リヒトと一緒に帰る準備を始める。
その時、俺の頭にふとある考えが浮かぶ。
この機会を逃したらもう二度とないかもしれない。
俺は意を決してリヒトにこう言った。
「ねぇリヒト?これからちょっと抜け出してデートしない?」
自分でも驚きの発言だ、まさか自らこんな夜更けにデートに誘うなんて、でもリヒトがいてくれたら怖くはない。
「わかった」
リヒトも最初は驚きを隠せない様子だったが了承してくれたようだ。
二人で祭りの余韻の残る街並みをデートする。
「綺麗だね、街」
「ああそうだな」
「手繋ごうか」
自分でもここまで積極的なのは初めてだ、祭りという雰囲気がそうさせるのだろうか。
リヒトと手を繋ぎながら街の散策を続ける。
そしてある場所にたどり着いた。
そこは人気のない場所だった。
ここなら二人きりになれるだろう。
そう思いリヒトと向き合う。
俺の華奢な身体を抱きしめつつ自然と唇を合わせる、嫌な気持ちはしない。
むしろこんなに俺を思ってくれてるのが嬉しいくらいだ。
それから暫く抱き合ったまま時を過ごす。
お互い何も言わずただ静かに相手の温かさを感じていた。
するとリヒトは突然俺を離し真剣な表情を向けてきた。
そして俺の目を真っ直ぐに見つめる。
俺はドキドキしながら次の言葉を待った。
するとリヒトは俺の目を見据えたままこういった。
その言葉は俺にとって予想外のものだった。――
「俺と結婚してくれ」
俺は思わず目を大きく見開く。
リヒトは俺を本気で愛しているのが伝わってくる。
俺はリヒトが好きなのだろうか、まだよくわからない。
だが俺の心は既にリヒトに傾いていた。
俺はリヒトの言葉に対して返事をした。
「私なんかで良ければ喜んで」
2度目のプロポーズ今度はムードもばっちりで文句なしだ。
俺はリヒトにもう一度キスをせがむ。
するとリヒトは優しく微笑み、俺の頭を撫でながらゆっくりと口付けをしてきた。
俺はその瞬間、幸せな気分に包まれた。
それから暫く時間が経ち、俺達は帰路についた。帰りの馬車の中で俺とリヒトは終始無言だった。
きっと俺の心臓は今にも破裂してしまいそうなほど高鳴っているのだろう。
馬車の揺れを感じながら俺は自分の感情を整理していた。