15
帰りの馬車の中ではみんな寝てしまっていた。
俺はリヒトに寄りかかって眠る。
リヒトは俺を起こさないように優しく肩を抱いてくれた。
俺はとても幸せな気分になりながら眠りにつくのであった。
俺は海に行った日の晩。
「エリーちゃん、リヒトくんとどこまで進んだのかしら?」
とお母様に聞かれたので正直に話した。
「えっと……手を繋ぐところまでです……」
俺がそういうとお母様は驚いた様子だった。
「まあ、あのリヒト君がそこまでね」
「はい、とても紳士的で素敵な方で私なんかにもとても優しいんです」
「リヒト君は女性に対してとても臆病なのよ、あなたなら安心して任せられるかもしれないわ」
「お父様はリヒトさんの事をどう思っているんですか?」
俺がそう聞くとお母様は少し困ったような表情をした。
何かあったのだろうか……。
少し心配になったので聞いてみることにする。
「うむ、私も彼を高く評価している、エリーの婚約者で本当に良かった」
そういえば婚約してたんだよな俺たち。
最初は婚約に対して忌避感を持っていたが今はそうでもない。
やはり感情まで女の子になってきているんだろうか?
自分のことなのに自分のことがわからない。
不安に思いながらも俺は眠気に耐えられずベッドに入った。
翌日、朝起きるとアリサがいた。
昨日は海に行ってからずっと一緒にいたので少し寂しい気持ちになる。
今日は何をしようかと考えていると、アリサが一緒に出かけようと提案してきた。
断る理由もないので了承する。
着替えてからアリサと屋敷を出る。
屋敷を出てしばらく歩くと市場に着いた。
カフェで一息ついてるとアリサが神妙な面持ちで相談があると言ってきた。
「お姉様、私ハッシュさんのことが好きなんです」
「えぇっ」
そういえば確かに前に好きな人ができたと言っていたがまさか相手がハッシュとは
「幼馴染で妹同然に扱われてきました、ここから一人の異性として見てもらうにはどうしたらいいのでしょう?」
アリサは真剣に悩んでいる。
俺も恋愛経験が無いので力になれそうな気がしない。
いや、今恋愛経験真っ最中か。
どうアドバイスしていいものか……。
「いっそお父様とお母様に頼んで婚約者にしてもらえばいいんじゃないの?」
「そ、そんな急にハッシュさんに迷惑じゃないでしょうか?」
「お互い見知った仲だしむしろ了承してくれるんじゃないかしら?」
ハッシュにならアリサを任せられる。
「縁談話に持ち込んでそれから告白すればいいんじゃない?」
アリサはなるほどといった感じで頷いている。
「それでそれでぇ、ハッシュのどこが気に入ったの?」
ここからは俺の質問攻めタイムだ。
「えっと……最初は頼りになるお兄さんって感じだったんですけどいつの間にか一人の男性として見るようになってて……」
ほうほう、それは恋だねぇ。
しかし、こんなに綺麗でかわいい子に好かれるなんてハッシュは幸せ者だ。
そうこうしているうちにあっという間に時間が過ぎていった。
夕方になりそろそろ帰ろうかという時に俺はあるものを見つけた。アクセサリーショップだ。
そこで俺は一つのネックレスを手に取る。
銀色に輝くシンプルなデザインで真ん中に大きな赤い宝石がついている。
俺がそれを見つめていると店員のお婆ちゃんが話しかけてきた。
どうやらこの店の店主らしい。
俺は手に取った商品について尋ねた。するとお婆ちゃんは親切丁寧に教えてくれた。
このペンダントは恋人たちの絆を紡ぐもので二人の愛を永遠に誓うものらしい。
俺はその説明を聞いてあることを思いついた。
俺はアリサを呼び止め、そのペンダントを買ってプレゼントすることにした。
「アリサこれ、プレゼントよ、このペンダントは恋人の絆を紡ぐものなんだって」
「えっ、いいんですかそんなもの貰って、ありがとうございます、大事にしますね」
アリサはとても驚いていたが喜んでくれた。
その後俺たちは家に帰った。
帰り道アリサはとても上機嫌だった。
俺も嬉しくなってつい笑みがこぼれる。
こうして俺は大切な妹であるアリサに贈り物をするのであった。
そしてハッシュとアリサの縁談話が持ち上がり晴れて二人は婚約者となった。
お父様とお母様も嬉しそうでハッシュのご両親も終始にこやかだった。
俺は縁談話には参加していないが後でメイドのシャルロットさんがこっそり教えてくれた。
どうやら二人ともとても相性が良いらしく、このまま結婚まで行くだろうとのことだった。
俺はとても安心した。
これでアリサは幸せになれるだろう。
俺もああならなきゃなぁと心の中で思った。
未だに心の性別は男のつもりではあるがそれも怪しい。
最近はリヒトのことばかり考えてしまう、これはもう心の中まで女の子になってしまっているのだろうか?
ちなみにこの日の晩、アリサが俺の部屋に遊びに来た。
なんでも、最近俺と一緒にいる時間が少ないので寂しかったんだとか。
俺も寂しいのは同じだったので一緒に遊んであげることにした。
「ねえ、お姉様」
「なあに?」
「お姉様はリヒトさんとはどうしてるんですか?」
俺は一瞬ドキッとした。
「うーん、今のところは特に進展はないかな?」
「そうですか……」アリサは少し残念そうだ。
でも俺はリヒトに何もしていない。
キスどころか手を繋ぐので精一杯なのだ。
さすがに俺から誘うわけにもいかないしどうしたものか……。
結局この日は夜遅くまでアリサと二人でおしゃべりをしていた。
翌日、朝起きると隣にはアリサがいた。
どうやら俺が寝ている間に潜り込んできたようだ。
相変わらず無防備な人だ。
アリサは俺が起きたことに気づくとおはようと言ってきた。
それに返事をして起き上がると服が乱れていることに気づいた。昨日は暑かったせいもあって薄着のまま寝てしまったのだ。
俺は急いで着替えて部屋を出た。
朝食を食べ終わり、しばらくするとお父様がやってきた。
どうやら今日は仕事が休みで、一緒に街に出かけないかということらしい。
特に断る理由もないので了承する。
早速出かけることになり、俺とアリサは馬車に乗り込む。
こうしてお父様と出かけるのはいつぶりだろう。
懐かしい気持ちに浸っているとお父様は思い出話を始めた。
それは昔お母様と出会った時のことだ。
お父様は貴族のパーティーで出会ったらしいのだが、その時のお母様のドレス姿に一目惚れして猛アタックの末結婚したらしい。
「そんな話初めて聞きました」
アリサは興味津々に言う。
今の俺たちは恋愛真っ最中なのでこういった話には興味がある。
「婚約とかじゃなくて一目惚れだったんですね、素敵……」
アリサは目を輝かせて語る。
確かに素敵な話で俺もお母様にも聞いてみたいと思った。
お父様は照れ臭くなったのか話題を変えようとする。
しかし、すぐに思いつかず必死に考えていると、ちょうどいいタイミングで目的地に着いた。
そこは以前俺とアリサがデートをした場所だ。
親子でここへくるのは初めてかもしれない。
お父様は俺とアリサの手を引き、色々なところに連れて行ってくれた。
どれもこれも新鮮な体験で俺は楽しい気分になった。
昼食を済ませ、また別の場所へと移動する。
今度は大きな噴水のある公園だ。
俺はここでアリサと遊んだことを思い出した。
アリサは覚えているだろうか? 俺は期待しながらアリサを見る。
するとアリサも同じことを考えていたようで目が合う。
俺はアリサの手を握りしめ、噴水へと向かった。
そしてあの時と同じようにアリサを座らせ、自分も横に腰掛ける。
遅れてお父様もやってきて腰を下ろす。
「お母様との出会いの話もっと聞かせてください!」
アリサがおねだりするように言った。
「ええっ!?」
お父様はさっきの話を蒸し返されるので困り顔だ。
「だって私だけ知らないなんてずるいです」
「うぅ……わかったよ」
観念したようにお父様は語り出した。
お母様はとある伯爵家の令嬢だったらしく、その家は貴族の中でもそこそこ裕福な方だった。
そしてお父様は我が家の当主であり、お母様はお父様の妻となった。
お父様がお母様に出会ったのはお母様の社交界デビューのパーティだった。
一目惚れしてお父様が猛アタックしたと聞いたが実際どのようなことをしたのだろう?
俺はそれが気になり、質問を投げかける。
お父様曰く、まずはダンスを申し込んだそうだ。
当然のように断られたが諦めずにパーティーの度に何度も誘い続けたそうだ。
するとある日、お母様の方から誘ってきたという。
そこからはトントン拍子に交際が始まり結婚に至ったらしい。
ちなみにプロポーズの言葉は今でも忘れられないほど印象的らしい。
お父様は恥ずかしそうにしていたが教えてくれた。
俺もいつか言ってみたいなぁ。
アリサは羨ましそうに聞いていた。
きっと俺もこんな風になるのだろうか? そう考えると少しドキドキしてきた。
その後も三人で楽しく過ごし夕方になると屋敷に戻った。
お父様はまだ仕事が残っているということで先に部屋へ帰って行った。
残された俺はアリサと一緒にお風呂に入った。
俺はいつも通り背中を流してあげた。
アリサはとても嬉しそうにしている。
その後、俺の部屋に戻ると俺はベッドの上に寝転んだ。
アリサはその横で俺に寄り添って寝そべる。
こうしてみるとアリサは美しく今の俺もで惚れてしまいそうなくらいだ。
しかし二人とももう婚約者がいる身……アリサは妹だし異性としては見てはいけない。
でも俺の中に残っている男の部分がアリサに引き寄せられる。
なぜだろうアリサにこんなにも魅力を感じてしまうのは。
その晩はほっぺにキスをして眠りに落ちた。
翌朝、目覚めるとアリサはいなかった。
どうやら既に起きているようだ。
朝食を食べ、部屋に戻る途中アリサに遭遇した。
昨日のお礼を言われたのでどういたしましてと答えた。
するとアリサは突然腕を組んできた。
「ど、どうしたの?アリサ?」
驚いていると、 アリサは耳元で囁くように言った。
「今日は一緒にいてほしいです」
断る理由もないので了承する。
しかし昨日の今日でアリサと二人きりになるなんて予想もしてなかったぞ。
この感情をどう乗り切ればいいのか。とりあえずアリサと二人で出かけることにした。
といっても行く場所は決めてある。
以前デートした時に二人で訪れた公園だ。
噴水の前まで来ると俺はベンチに座り、アリサを見つめる。
アリサは噴水の縁に腰掛け、足を水につけて涼んでいる。
その姿はまるで妖精のようでとても綺麗だった。
俺がそんなことを考えているとはつゆ知らず、アリサは話しかけてきた。
「お姉様、最近学園ではどのような感じなのですか?」
「リヒトが婚約者って知れ渡るまでは色んな男子から告白されたわ」
俺も最近の出来事を話した。
するとアリサは興味深げに聞いてくれた。
「流石お姉様、モテるんですね」
「リヒトが婚約者だってわかってからはそう声をかけられなくなったわ」
いい具合に悪い虫を追っ払ってくれてるリヒトには感謝しかない。
しかし、それでもまだ諦めきれないのかたまに声をかけてくる奴もいる。
そういう時は必ずハッシュが追い払うのだ。
アリサはふーむと何か考えている様子だ。
そして、意を決したように口を開く。
「私、ハッシュさんに告白しようと思います!」
アリサの宣言を聞いて俺は驚いた。
「ええ!?でもまぁ二人は婚約者だし告白だって別にする必要は……」
「あります!告白するということは大事な儀式なんです、自分の気持ちを相手に伝える大事な儀式……」
アリサは熱弁を振るう。
アリサの言うことも一理あるかもしれない。
アリサは真剣に話しているので俺も真面目に応えることにした。
確かに告白は大事だと思う。
そしてそれは勇気のいることでもある。
「確かにそうね、アリサのいうことも納得だわ、でもなんで今いきなり思いついたの?」
「お姉様の話を聞いていて婚約者であるハッシュさんに悪い虫がよってこないようにするためです!」
なるほど婚約者関係だけじゃなくて正式に付き合ってしまえばそういう輩はよってこない。
理にかなっている。
しかしアリサが誰かと付き合うというのは少し寂しい気もするが。
でも応援したいという気持ちもある。
アリサが幸せになれるならそれでいいと思う。
それに俺が口出しできることでもないし。
そして俺はもう一つ気になっていることを尋ねる。
何故、今なのか。
アリサは答えてくれた。