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そして俺はリヒトに謝った。
リヒトに不快な思いをさせてしまったこと。
そして巻き込んでしまったこと。
リヒトは気にしなくていいと言ってくれた。
俺は本当にいい友人を持ったと思う。
それからというもの、エリックは俺に絡んでくることはなかった。
お父様が直々にベネデール子爵に苦言を呈したのだろう、エリックはこってり絞られたに違いない。
婚約者が決まりあのエリックから逃れられたことで俺は安堵していた。
その点はリヒトには感謝しきれない。
しかしまだ問題点はある、それは俺がリヒトを愛してるかどうかだ。
愛してるかと聞かれれば好きと答えられる、でもそれは恋愛感情なのかと聞かれれば違う気がする。
俺はリヒトのことが好きなんだろうか? 好きの定義とはいったい何なんだろうか? 俺は悶々としながら日々を過ごすことになった。
リヒトのことを考えていると胸がドキドキして苦しくなることがある。
リヒトと話すと緊張してしまう。
この気持ちは何なのだろうか? 俺はこの感情の正体を知りたいと思い始めた。
リヒトのことをもっと知りたい。
そう思った。ある日のこと。
リヒトがいつものように昼食に誘ってきてくれた。
いつものようにリヒトの横顔を眺める。
今日は一段と美しい。
するとリヒトの視線に気付いたのかこちらを見つめ返してきた。
ドキッとする。
そしてリヒトは言った。
「エリー、俺は女性恐怖症だったがエリーと一緒にいるうちにそれがなくなった、エリーは特別な存在だ」
急に言われてドキッとする、特別な存在?リヒトにとって俺が特別ってこと?
思考が追い付かず赤面してしまう。
恥ずかしくてまともに顔を合わせられない。
心臓がバクバク鳴っていてうるさいくらいだ。
俺は必死に落ち着こうとした。
深呼吸をして何とか平静を保つ。
そして冷静になって考える。
俺にとってもリヒトは大切な人だと思う。
でも恋愛感情はあるのかと言われるとまだ疑問だ。
婚約したとはいえそもそも俺は男だし。
しかしリヒトが好きだというこの気持ちは本物のような気がした。
俺がリヒトのことをどう思っているかは分からない。
でもリヒトに嫌われたくはないと思った。
これが女の子の感情なのか?
答えはでないまま放課後となった。
リヒトと二人きりになる。
リヒトは俺に問いかけてきた。
「なぁ、お前はこの婚約のことどう思ってる?」
「どうって何も親同士が決めたことだし……」
リヒトのことは異性としてという意味ではないけど、友達としては大好きだ。
けれど婚約者になったのだ、その認識を改めなければならない。
しかしいきなり結婚なんて想像もできない。
俺はまだ子供なのだから。
それに俺が男性恐怖症を克服したように、リヒトも女性恐怖症を克服できるはずだ。
それならわざわざ結婚しなくてもいいんじゃないかなとも思う。
リヒトと俺は友人同士、それでいいじゃないか。
俺はそう思っていたのだが、リヒトはそうではなかったようだ。
リヒトは真剣に考えていた。
俺と婚約したこと、そしてこれからのことを。
そして結論を出した。
リヒトは俺のことが好きなのだと。
だから婚約を破棄するわけにはいかないと。
俺もリヒトが好きだ。
だけどそれはリヒトと同じ感情なのかはわからない。
リヒトが俺を好きと言ってくれて嬉しいと感じた。
きっとこれが恋心なんだと思う。
ただリヒトのことを考えるだけで胸がドキドキして苦しい。
こんなにも誰かに執着するのは初めてだった。
この気持ちが本物であるならば、俺は自分の気持ちに正直になりたい。
そしてリヒトの想いに応えたいと思った。
しかし今は返事ができない。
「ごめんなさい、今私の気持ちがわからないの」
「焦らなくていい」
リヒトはそう優しく応えてくれた。
――翌日、昼休み
俺は昨日の出来事をミーナに相談していた。
「いいじゃないですか、婚約者が出来るのはいいことですよ」
「でも私元男だし……」
「でも今は女の子でしょう?元男とか関係ないですよ、今のエリー先輩の気持ちに素直になるのが重要です」
ミーナはそう言って応援してくれた。
そして俺は決意した。
自分の気持ちに嘘をつくのはやめよう。
リヒトへの好意は恋愛感情なんだと思う。
俺はリヒトが好きなのだろう。
俺はリヒトの婚約者だ、ちゃんとリヒトの婚約者らしく振舞おうと心に誓った。
なので少しづつだが意識していこうと思う。
俺はリヒトのことが好き、それは間違いない。
でもそれはどういう意味での好きなんだろうか? 恋愛感情なのか? リヒトと一緒にいるとドキドキする。
これは恋愛感情なのだろうか? 俺は悶々としながら日々を過ごすことになった。
リヒトは俺の気持ちを尊重してくれる。
それは素晴らしいことだ、だが同時に重たさもある。
俺はリヒトのことが好き、リヒトは俺のことが好きなんだろう。
しかしそれが本当なのかは分からない。
もし違っていた場合、お互い傷つくことになる。
そうなればリヒトとの関係が壊れてしまうかもしれない。
それだけは嫌だ。
そもそも俺の好きは友達としての好きだったはずだ、いつからこうなった?
考えていても仕方がない、俺は行動することにした。
リヒトのことをもっと知りたい。
そしてリヒトにもっと近づきたい。
そう思った。
リヒトのことばかり考えているせいか最近寝不足気味だ。
授業中眠くてしょうがなかった。リヒトはいつも通り寡黙だ。
俺はリヒトが何を思っているのか気になって観察してみた。
すると俺が見つめていることに気付いたのかこちらを見つめ返してくる。
ドキッとする。
そしてリヒトは言った。
「何か用か?」
リヒトに見惚れていたとは言えない。
慌てて目を逸らす。顔が熱い。
そして必死に取り繕う。
リヒトは俺の様子がおかしいことに気付いているようだ。
顔が赤いからかな? とにかくこれ以上変な態度を取らないようにしないと。
そんなこんなで学園も終業式を迎え夏季休暇へと入った。
「夏といえば海ですわ」
ミーナが張り切って大声で話す。
「エリー先輩、アリサ、リヒト先輩やハッシュ先輩も誘って海に行きましょうよ」
「ミーナ、えらい張り切りようね」
とアリサが言うと、 ミーナは得意げに語り始めた。
ミーナ曰く、ミーナも海に遊びに行ったことがないらしい。
だから憧れているそうだ。
そしてその話を聞いていたリヒトが呟く。
「俺も海は行ったことがないな」
会話に混ざってきたハッシュが自慢げに言う。
「俺は海に行ったことがあるぜ」
「なら決まりですわね、皆で海に行きましょう」
ミーナの鶴の一声で海行きは決定事項となった。
「そうとなれば水着を買いに行きましょう」
海に行ったことがないのでもちろん水着もない。
俺たちは改めて水着を買いに行くことにした。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件で?」
店員はニコニコしながら接客してくる。
「水着はこちらのコーナーになります」
そうして通された場所は一面水着で埋め尽くされていた。
どれも可愛いデザインのものばかりで目移りしてしまう。
とりあえず試着してみることにした。
まずはアリサからだ。
フリルのついた可愛らしいのものをチョイスした。
続いて俺だ。
露出度高めのビキニタイプデザインのものだ、胸が大きいのでよく似合っている。
ちょっと攻めすぎかなと思ったがミーナやアリサが絶賛してくれたのでこれを買うことにした。
ミーナは大人しめのフリルのワンピースタイプを選んだ。
とてもよく似合っていた。
リヒトはシンプルな黒地のサーフパンツを履いた。
リヒトはなんでも様になるなあと感心する。
そして俺は自分の姿を見る。
大きな胸に視線が吸い寄せられる。……やっぱりこの身体はエロいなあと思う。
俺の趣味ではないのだが、これはこれでいいかもしれない。
俺はそう思いながら、自分の選んだものを購入するのであった。
ミーナの買い物が終わったところで解散することになった。
明日の待ち合わせ場所と時間を決めて解散した。
俺とリヒトとミーナは一緒に帰宅した。
帰り道、俺はリヒトに話しかけた。
今日のお礼を言いたかったのだ。
「一緒に水着を選んでくれて助かった、礼を言う」
「そんなたまたま一緒だっただけよ」
少し赤面しながら俯いて答える。
「そうですよ、皆で水着を選んで買うのが楽しいんですかな」
ミーナはそう言って助け舟を出してくれる。
屋敷へ送ってもらった後自室で改めて水着を試着する。
豊満な胸にキュッと締まったウエストそして綺麗なヒップライン。
どれを取っても最高だ。
俺は鏡の前でポーズを取り続けるのであった。
次の日の朝、俺は早起きをして身支度を整えた。
今日は海へ行く日なのだ。
リヒトと一緒に海に行くため朝食を取りに食堂へ向かう。
既にアリサは席についており俺のことを待っていた。
アリサは俺の姿を見ると声をかけてきた。
どうやら俺が一番最後だったようだ。
俺もアリサの向かい側の椅子に座った。
「お姉様、海楽しみですね」
アリサがはしゃいでいる。
アリサと朝食を終えた後待ち合わせ場所へと向かう。
言い出しっぺのミーナの馬車で行くことになった。
なんでも貴族御用達のプライベートビーチがあるそうだ。
馬車に揺られて2~3時間、会話のネタも無くなってきたところで海に到着した。
そこはまるでリゾート地のような光景が広がっていた。
俺たちは早速着替えるため更衣室へと向かった。
ミーナの荷物は大きいので先に行かせた。
しばらくするとミーナが出てきた。
ミーナは水着の上にパーカーのようなものを着ている。
ミーナは俺の方を見て言った。
リヒトさんには刺激が強すぎるかもと言ってきたので、リヒトは女性恐怖症なんだと説明した。
しかし俺はそんなのお構いなしで黒の攻めたビキニを着ている。
リヒトがさっきから目を背けてたのはそのせいか。
少し悪戯心に火がついて意地悪してみたくなる。
「リーヒトっなんで顔背けてんの?私の水着どう?」
そう言って腕に抱きつく。
リヒトは顔を真っ赤にして硬直している。
「エリー先輩、あんまりリヒト先輩をいじめちゃダメよ」
ミーナに怒られてしまった。
ミーナの言う通りリヒトがかわいそうだしそろそろ止めよう。
「ごめんなさい、ちょっと調子に乗りすぎたわ」
そう言うとリヒトの表情が和らいでいく。
「大丈夫だ、気にしないでくれ」
リヒトは笑顔で答えてくれた。
その言葉を聞いてホッとすると同時に罪悪感を覚えた。
その後俺たちは海で遊んだ。
海で泳ぐなんて初めてなのでとても楽しかった。
ハッシュもリヒトも泳ぎは得意らしく、二人で競争したりして盛り上がった。俺とアリサは浮き輪を使ってプカプカ浮いていた。
ミーナは泳げないわけではないが、あまり得意ではないらしい。
そして俺はあることを思い出した。
それは俺が元男だということだ。
俺は今女の子だ。だからといって元の身体に戻るつもりはない。
せっかく可愛い身体を手に入れたのだ。
これからはこの身体で生きていく覚悟を決めたのだ。
俺は心の中で呟く。
(この身体になって本当に良かった)
そしてミーナたちに声を掛ける。
三人で遊び疲れた後、昼食を食べて帰ることにした。