12
俺とミーナは荷台の中で縛られている。
ミーナを見ると、恐怖からか涙目になっている。
俺はミーナを守るように抱き寄せた。
「あなた達!なんのつもり!?」
精一杯の声を張り出す。
「あぁ~?そんなもん身代金に決まってんだろ?」
リーダーらしき男が答える。
やはりこの男たちの目的は金目当ての誘拐のようだ。
この世界にもこういう輩がいるんだな。
馬車に揺られることしばらくすると大きな屋敷が見えてくる。
おそらくここがアジトなのだろう。
馬車が止まると同時に男達に担ぎ上げられる。
俺とミーナはそのまま屋敷の中へと連れていかれた。
男達は俺とミーナを地下牢のような場所に閉じ込めるとどこかへ行ってしまった。
地下室は薄暗くてジメッとしている。
カビ臭く、あまり居心地の良い空間ではない。
俺とミーナが捕まってから2時間ほど経過しただろうか。
まだ助けは来ない。
俺たちはどうなるのだろう。
不安に押しつぶされそうになる。その時、階段の方から足音と話し声が聞こえてきた。
俺は咄嵯に物陰に隠れて様子を伺った。
すると現れたのは二人の男だ。
一人は髭面で背の高い大柄の男。もう一人は痩せ型でメガネをかけた男。二人とも黒いローブを着ている。いかにも怪しい風貌をしている。
恐らく彼らが盗賊団のリーダー格であろう。
俺の予想通り彼らは俺とミーナを連れ去った奴らの親玉であった。
彼らの会話を聞いてみると、どうやら身分を確かめにきたらしい。
「お前たちの名前はなんだ?どこの貴族の令嬢だ?正しく名乗らないなら奴隷商人に売り渡す」
そうまで言われては名乗るしかない。
「エリザベス・フォンティーヌよ」
「ミーナ・アルフォンシーノです」
それを聞いた大柄の男はニヤリと笑う。
「おい聞いたか?フォンティーヌ公爵家とアルフォンシーノ伯爵家のご令嬢だ、こいつはたんまりせしめられるぜ」
「身体も綺麗ですし奴隷として売り飛ばしたとしても相当な値が付くでしょうな」
痩せたメガネの男がそういう。
「早速手下に矢文を持たせて向かわせよう」
そう言って二人は立ち去って行った。
俺はミーナと二人で顔を見合わせる。
俺は思わずため息をつく。
ミーナも同じようだ。
「大丈夫ミーナ私がなんとかするわ」
そういって辺りを調べたがこれと言って役にたちそうなものは見つからなかった。
お互い気まずい雰囲気になる。
沈黙が続く。
そんな時、上の方でガタンと何かが倒れるような音がした。
俺はミーナの手を引いて音の鳴った場所へ向かう。
そこには扉があった。
恐る恐る開けてみるとそこは倉庫のようでたくさんの木箱が置かれている。
その中に人が倒れていた。俺はミーナを連れて急いで駆け寄る。
そこにいたのはリヒトだった。
倒れていたのは野盗の手下。
「リヒト!?どうしてここに?」
リヒトは剣で縄を斬りながら答える。
「お前達が誘拐させるのを見かけたからすぐに後を追った、衛兵にも通報してあるからもうすぐここにも衛兵隊がやってくる」
そう言うリヒトの表情は険しい。
ミーナが心配なのだ。
ミーナは俺の服の裾を掴み震えている。
俺はミーナの肩を抱き寄せる。
大丈夫だよ、必ず助けが来るから。
そうミーナに声をかける。
俺の言葉を聞き安心してくれたのかミーナの体の震えは治まった。
しかし、俺達の安堵は長くは続かなかった。
突然、後ろのドアが大きな音をたてて開く。
「誰だ貴様~そいつは大事な金目の物なんだよ手ぇだすんじゃねぇ」
大柄な男、野盗のリーダーらしき男が怒鳴り散らしながら入ってきた。
リヒトは俺たちを後ろに庇いながら剣を構える。
リヒトは野盗達を睨みつけながら言い放つ。
「こいつらには手出しはさせない」
俺はその言葉に少し感動していた。
前は女性恐怖症だったリヒトが今こうして俺とミーナを守ってくれている。
俺の知らないところで強くなっていたんだ。
ミーナもきっと同じ気持ちだろう。
リヒトを見る目が輝いている。
だがそんな俺たちの想いとは裏腹に状況は最悪だ。
相手は五人、こちらは三人でしかもそのうち二人は女性ときている。
とても勝てる状況ではない。
リヒトもわずかながら震えている。
俺は居ても立っても居られなくなりリヒトの手をギュっと握った。
するとリヒトは冷静さを取り戻したかのように震えが収まり、俺の手を放すと敵陣の飛び込んでいった。
ザクザクっと二人を一気に切り伏せる、その後振り向きざまにもう一撃、これで野盗は三人から二人へとなっていた。
「くそがぁ~舐めやがって」
残った一人の野盗は懐からナイフを取り出した。
そしてそれを勢いよく投げつける。
それは一直線に進みリヒトの頬へと向かっていく。
リヒトはそれを剣ではたき落としたのだがそれが仇となった。
リヒトの一瞬の隙を突き、残りの二人が一斉に襲いかかってきたのだ。
二人の攻撃に反応が遅れてしまったリヒトは二人の攻撃をまともに食らい吹っ飛ばされてしまう。
壁に激突するリヒトを見て俺もミーナも悲鳴を上げる。
このままじゃリヒトが危ない! 俺は咄嵯に飛び出そうとするがリヒトによって制止される。
リヒトは再び立ち上がり剣を構える。
「へっ、生意気な小僧が八つ裂きにしてくれる」
そういって再び二人一気に襲い掛かってきたのだ。
リヒトは一人目をカウンターで突き刺すと身体を捻りもう一人の胴を切り抜けた。
「ぐあ……馬鹿な……」
そういうと野盗のリーダーはドサッと倒れた。
それを見たリヒトはガクッと片膝をつく。
「リヒト!!」
俺たちは慌ててリヒトの傍へ駆け寄り抱き起す。
「リヒト!大丈夫!?」
俺はどこか血でも流していないかと冷や冷やしがながら聞いた。
「ああ大丈夫だ少し身体を強くぶつけただけで済んだ」
「でも!腕から血が!」
そういうとさっきふっとばされた時に剣で防御したものの掠めてしまったという。
「早く止血しないと!」
そういうと俺はハンカチを取り出し腕に巻き付けた。
「ありがとうエリー」
「こっちこそ助けてきてくれてほんとありがとう」
そういってリヒトの身体を抱きしめる
「……っ」
「あ、ごめんなさい」
つい強く抱きしめすぎたと思って離れる。
「大丈夫だ、それより……」
衛兵隊が駆け付けたのか外が騒がしい。
俺たちは急いで倉庫から出て行くとそこには多くの衛兵隊がいた。
俺たちの姿を見つけると衛兵隊長らしき人が駆け寄ってくる。
どうやらこの人が通報受けてくれたらしい。
お礼を言いたいところだが今は野盗の処理で忙しそうだ。
リヒトの怪我をみて驚いていたがリヒトなら問題ないだろう。
リヒトの実力を知っている衛兵隊は安心して任せていた。
俺もミーナもリヒトの強さは知っているが心配なものは心配だ。
ミーナは俺の腕を掴みながらずっと心配そうにしている。しばらくするとリヒトが戻ってきた。
俺はミーナと一緒に駆け寄る。
ミーナはまだ不安そうな顔をしている。
そんなミーナの頭をポンポンとしてやる。
ミーナの頭は撫で心地が良いな。
リヒトは俺の後ろを指差した。振り返るとそこにいたのは先ほどまで俺達が囚われていた馬車だった。
御者を見ると俺達を誘拐しようとした野盗の一人だった。
リヒトはその男を拘束するように頼むと俺たちを連れて屋敷に戻ることにしたようだ。
俺たちは野盗を衛兵に任せて帰路につく。
ミーナが俺の手を握る力が強くなる。
きっとミーナも怖かったのだろう。
俺もリヒトがいなかったらと思うとゾッとする。
俺達は屋敷に着くとミーナの両親からお礼を言われた。
ミーナを助けたのは俺じゃないんだけどね。
そして俺も感謝された。
ミーナを助けるのは当然だけど、俺自身も結構頑張ったんだよ? まぁいいけどさ。
そして俺はそのまま帰ろうとしたのだが、リヒトに止められた。
俺また何かやらかしたか?っと疑問に思っていたら……。
急に抱きしめられた……。
「もうあんな危ない目には合わせない、俺が約束する」
身体から力が抜けて言葉が耳に入ってこない。
血液が逆流するかのように流れる、身体中が痺れるようだ、顔が熱い、頭がボーっとしてくる、心臓がバクバクいってる、思考が定まらない。
何が何だかわからなくなってきた。
そしてリヒトの唇が俺の顔に近づいてくる。
これはキスされる! 俺は思わず目を閉じる。
リヒトの息遣いを感じる……。
「ダメッ!」
咄嗟にリヒトを突き放していた。
「あっその……」
リヒトは申し訳なさそうに顔を背けた。
「いや俺が悪かった、いきなりすまない」
「あの……今日は来てくれてありがとう、とても助かったわ、なんてお礼を言えばいいのかわからないくらい」
「……を守るのは男の仕事だろ……」
「え?」
最初の方何を言ってたのか聞き取れなかったので聞き返す。
「なんでもない気にするな」
そういってリヒトは俺を家まで送ってくれた。
こちらも家に着くなりお父様お母様お兄様アリサと総出で出向かえてくれた。
「おぉエリー無事で何よりだ怪我はないか?」
お父様が涙を流しながら抱き寄せる。
「ええ、なんともありませんわお父様、それより彼が来てくれなかったら危なかったのですよ」
そういうとお父様はリヒトに向き直る。
「貴公がエリーを……なんと感謝を述べていいのやら」
「いえ、俺は騎士として当然のことをしたまでです」
「僕からもお礼をいうよリヒト君」
お兄様が握手をしながらお礼を言う。
「お姉様~」
アリサが泣きながらしがみついてくる。
「私は何ともないわだから安心してアリサ」
「でもっでもっ」
そういいながら泣きじゃくるアリサ。
「リヒト、せっかくだからうちで怪我の手当てをしていって」
「なんと怪我をされていたのか」
お父様が肩のハンカチに気づきすぐに医者の手配をした。
「お医者様が来るまでゆっくりしていって」
そうリヒトにいうと無言で頷いた。
リヒトは俺の隣に座り呟いた。
「あの時、お前が手を握ってくれたお陰で迷いが吹っ切れた」
あの時?あの震えていた時……リヒトもやっぱり怖かったんだ……。
それを俺のお陰で吹っ切れた?
「どういうこと?」
「いやいい」
もうそうやってすぐはぐらかす。
その後、手際よく治療を終えた医師からはかすり傷程度なので心配はいらないと言われた。
念のため数日は安静にするようにとのことだ。
そしてうちの馬車でリヒトは家へと送られていった。
さっきのことを思い出す
『もうあんな危ない目には合わせない、俺が約束する』
その時の状況が再現されてしまい顔が熱くなる。
「お姉様どうしたの?お顔が赤いです」
「え?そうかしら?きっと色々あったせいよ」
「お姉様もし何かあったら遠慮無く言ってくださいね」
アリサの優しさが染み渡る。
「ありがとうアリサ、心配かけてごめんなさいね」
そういうとアリサは首をブンブンと横に振って答える。
「いいんです!お姉様は無事に帰ってきたのでそれで何よりです、矢文が届いたときは屋敷中大騒ぎでしたけど」
確かに普通はそうなるか。
俺もまさか自分が誘拐されるとは思わなかった。
俺が拐われたことで屋敷は騒然となったらしい。
俺の誘拐を企んだ奴らは全員捕縛されたそうだ。
リヒトが助けに来てくれたおかげで俺自身はほぼ無傷だったのだが、ミーナを危険に晒してしまったことには変わりはない。
今後は俺も自分の身を守る術を身につけなければならないな。
そう思いながらも夜は更けていった。