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私的哲学

部活を辞めた話

作者: 羅志

 ふと、昔のことを思い出した。

 わたしがまだ、学生だった頃のことだ。



 わたしはその時、担任が顧問を務める部活に所属していた。

 至って普通の、吹奏楽部。

 部活紹介の際の演奏が強く印象に残り、それで入部した。


 今振り返ってみれば、その決断は、全てではないにせよ間違っていたのだと思う。


 任された楽器はユーフォニアム。

 それから、高身長だという理由から、コントラバス。

 当時部内にはどちらの楽器もやっている人はおらず、わたしは困惑しつつも頑張ろうと決めた。


 けれど、頑張りきれなかった。

 最終的にわたしが吹奏楽部員として活動したのは一年間だけ。

 一年間だけ頑張ったものの、退部してしまった。

 どうして、と聞かれれば、相性が悪かったのだと思う。

 たぶん、おそらく、きっと。

 確実にそうだと言えることはないけれど、相性が悪かった。



 当時、部内ではわたしの任された楽器を担当している人はいなかった。

 ユーフォニアムは楽器としての形状が近いチューバ、音域の近いトロンボーンなどの先輩から教わることが出来るが、コントラバスはそうもいかない。

 顧問に教えを乞わなければ、コントラバスの楽譜を渡されても、何も出来なかった。


 だから、顧問に教えてほしい、と声をかけた。顧問はあとから行くから準備をしておくよう言った。

 楽器を取り出して、自分に出来る範囲で拙くも音を合わせて。それで、顧問の到着を待った。

 けれど顧問が来ることはなかった。

 様子を見に行けば、ソロパートを任された先輩の練習に付き合っていた。

 その先輩は三年生だったと記憶している。大会に向ける気持ちも強かっただろうし、優先するのは当たり前だろう。

 ならばともっと待った。待ちながら、ユーフォニアムの練習をしていた。そちらなら、先輩からも教えてもらえるものだから。

 結局、顧問は来なかった。その日だけでなく、教えを乞うても顧問がわたしにコントラバスについて教えてくれることはなかった。

 わたしにその楽器を任せたのは顧問であるし、自分にしか教えられないことも、分かっていたのに。なにせ「自分にしか教えられない」と、当人が言っていたのだから。

 わたしが退部するまで、大会はなんどかあった。けれどわたしは、一度もコントラバスを持ってステージに立ったことはない。

 大会どころか、校内での演奏でも、わたしがコントラバスで何かしたことはない。

 部内でも、わたしがコントラバスの担当だったと覚えている人は、きっといないだろう。


 顧問は本当に、わたしに何も教えてはくれなかった。

 それどころか、初めから、何の期待もしていなかったのだろう。

 大会を控えた全体合わせの際、顧問はわたしのユーフォニアムの演奏を聴いて「意外と出来る」と言った。

 配られた楽譜にユーフォニアムのソロパートがあった時は、わたしに演奏する気があるか確認することもなく、ほかの楽器に任せた。

 これはわたしが悪いことなのだが、練習中転寝してしまったことが何度かあるのだが、その時わたしが理由を問われて「夜遅くまで勉強していた」と言えば、「お前勉強なんて出来たのか」と宣った。

 わたしは特別優秀な生徒ではなかったけれど、勉強ぐらいするに決まっている。

 顧問の頭の中では、そうではなかったようだけれど。


 振り返ってみれば、兎に角部との相性が酷かったと思う。

 部内で浮いていた自覚があった。ついていけなくて戸惑うこともあった。

 それでも自分なりに頑張ろうとして、けれど、わたしの頑張りは部員たちにとって頑張りなどとは到底言えない御飯事だった。


 もう来るな、と言われて、そのまま部活に行かなくなった。


 吹奏楽には金がかかる。マウスピースやらチューナーやら、いろいろなものにお金を出してくれた親には申し訳ないと思ったし、怒られたけれど、もう行く気にはなれなかった。

 同級生の部員には、部活に出ないか、と何度か声をかけられた。けれど、断った。

 そして退部した。



 当時のわたしは、どうしてあの部に入ったのだろう。

 全てが悪い記憶だとは言わないが、良い思い出があったかと聞かれるとそれには首を傾げてしまう。

 ただ、部活説明会の際に聞いた演奏に、自分もこの部に入ったらこういう演奏が出来るのか、と夢を見たのは事実だった。


 ただきっと、その夢と当時のわたしは、相性が悪かったのだろう。

 そしてもしかしたら、今でも。

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― 新着の感想 ―
[一言] 顧問の対応にもやりますね。自分しか教えられない楽器だとわかっていて一度も教えてないってとういうことか!(怒) それならせめて最初から別の楽器で誰かといっしょにさせてくれればと思いました。この…
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