hey Jude
昔、忘れられない恋をした。甘酸っぱく、忘れられない初めての恋。
「紹介したい奴がいる。」大学の友人に言われて行った居酒屋で彼女が再び目の前に現れた時、これもまた忘れられない衝撃だった。
車のドアが閉まる。夏の雨。特有の湿気を振り払うかのようにワイパーが動く。
「ごめんな。こんなに雨が強いと思わなくて」
私がエアコンをつけようとすると、助手席から手が伸び、彼は慣れた手つきでエアコンをつけた。
「ごめん。暑くて。」
彼は笑った。
私は何も言わず車を発進させた。
ただ雨が打ちつける音だけが車内に響き渡り、エアコンの冷たい風が火照った身体に優しく触れる。
少しして沈黙を破ったのは彼だった。
「育ちの良い人の特徴ってなんだと思う?」
私は何も言わず運転を続ける。
「なあ、少しくらい答えてくれても良いだろ。」
「ごめん。質問が難しかったから。」
嘘ではないが、私は意図的に無視をした。
「じゃあ、雨が好きっていうやつの気持ちって分かる?」
「いやあ、どうだろう。」
「あいつはさ、雨の日は誰かが迎えに来てくれるから雨の日が好きって言ったんだ。育ちがいいと思わない?」
「どうだろ。わがままに聞こえるかも。」
「そうかも。」
彼は笑った。
コンビニの角を左へ曲がる。
「曲を流してもいい?」彼は言う。
私の了承を得ずに彼は曲を流し始めた。
「知ってる?『hey Jude』ビートルズの。」
「どうだろ。」
「この曲をここのコンビニを曲がったタイミングで流すと丁度駅に着くって毎回あいつが流すんだ。でも毎回あいつを送ったあとそのまま曲が流れて…ほら運転中に携帯繋げ直して曲を変えるってのもアレだろ。だから帰りは無音。虚しいモンだよ。」
彼は笑った。
「この曲って、ジョンレノンがオノヨーコと不倫した時にジョンの元妻とその息子を想って、ポールマッカートニーが作った曲なんだってさ。ジョンレノンは平和運動して、平和の象徴だったのに、裏では偽善者とか言われてたんだぜ。笑えるよな。」
彼は笑わなかった。
しばらくして、駅につきロータリーの端に車を止めた。
「ごめん。マジでありがとう。」
「いや、こちらこそごめん。」
「そんな謝んなよ、こっちが虚しくなるだろ。」
彼は笑った。
「ジョンレノンの息子ジュリアンレノンはさ、こう言ったんだ。彼は世界に平和を訴えていたが、彼の家庭には平和は無かった。ってね。じゃあお幸せに。」
彼は冷淡な笑みを見せ、車を下車した。
私は再び車を走らせた。まだ曲が流れている。が、駅から離れていくうちに曲が途切れ始める。
暫く、無音になった。
携帯の通知音が鳴る。
『ちゃんと送ってくれた?気をつけて。 ヨーコ。』